『バビ・ヤール』の衝撃
9月24日公開のセルゲイ・ロズニツァ監督『バビ・ヤール』(2021)をオンライン試写で見た。この監督は『粛清裁判』(2018)を見ていたが、これも同じように過去のアーカイブ映像を編集したもの。しかし舞台がウクライナでもあり、1940年代とはいえキエフ(キーフ)の街が破壊されてゆくので、見ていて衝撃が走った。
映画は前半が1941年夏にドイツ軍がウクライナを占領した様子をキエフとリヴォフを中心に見せ、後半が1943年11月にソ連軍がウクライナを奪還してからを見せる。その真ん中にキエフ郊外バビ・ヤールでの3万人を超すユダヤ人の虐殺の場面がある。
興味深いのは、この2つの「支配」が妙に似通っていること。リヴォフにドイツの戦車が侵攻してくると、住民たちは布に刷られたスターリンの大きな肖像を破り、「解放者ヒトラー」のポスターをあちこちに張る。そして鉤十字の旗を配る。民衆は民族衣装を着て踊り、女性はドイツ兵に花を差し出す。ドイツ軍はソ連の戦車を壊し、ビルに火をつける。
そしてソ連軍が来ると、民衆は拍手で迎える。ドイツ語の交通標識を叩き壊し、「解放者ヒトラー」のポスターをはがし、スターリンの看板を掲げる。ソ連軍はドイツが支配した建物を焼き尽くす。男たちは民族衣装で歌い、踊る。住居を焼かれ、家財道具をリヤカーに積んで歩く人々の群れ。
ドイツが支配していた時のユダヤ人の虐殺は、急にキエフのあちこちの建物が爆発するところから始まる。すると全ユダヤ人に対して爆発の罪で集合命令が出される。身分証明書と貴重品を持って来い、と。そこで33,771人が殺され、貴重品は強奪されるが、その場面の映像はない。死んで倒れている人々の写真が何枚もカラーで出てくるのみ。
「キエフの今」という新聞は「15万人のユダヤ人に退去を命じた。キエフの街は野蛮から救われた」と書く。ドイツ軍のフランツ総督のパレードがあり、女たちは民族衣装で踊る。別の街ではユダヤ人に「防寒具と共に集まれ」と命令が出る。雪の中で集まる人々。子供も女も。
1946年に裁判が始まる。ドイツ軍の上等兵は120人くらいを窪地で殺したという。死んだふりをして生き埋めになって助かった女性の証言もあった。そしてドイツ兵の12名の公開絞首刑が決まる。広場に集まる何万人という人々。12名はトラックに乗せられてやってきて、トラックが去ると首に縄がかかってぶら下がる。その瞬間に起こるのは、歓声のようで悲鳴のようでもあった。
さらに1952年にアビ・ヤールが産業廃棄物処理施設として埋め立てられるシーンのおまけまである。これは何を意味するのか。ナレーションもなく、たまに日付や場所を知らせる字幕が入るだけ。しかし出てくる映像を食い入るように見つめた2時間だった。過去のアーカイブ映像なのに、今にも通じる「戦争」の姿が克明に出てくる。
やってきた軍隊に街を焼かれてさまよう人々はどこかで見たと思ったら、亀井文夫の『戦う兵隊』(1939)だった。日本軍が中国にやってきて、街を焼かれてリヤカーで移動する中国人たちの列が出てきた。『アビ・ヤール』はロシア、ウクライナ、ドイツの映画アーカイブから映像を集めたというが、日本や中国や韓国やアメリカにもっと戦時中の映像があるのではないか。そんなことを考えた。
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