堀越謙三著『インディペンデントの栄光』がおもしろすぎる:その(2)
堀越さんが映画館「ユーロスペース」の起源となる「ドイツ映画祭」を始めるのは1977年だが、その前にはドイツ文化センターから字幕なしの16㎜を借りて上映していたという。その頃一緒にやっていたのが、後に台湾映画研究家として有名になる田村志津江さんというのにも驚いた。
欧日協会は安売り航空券や語学学校をやりながら、一緒に始めた友人がドイツワインの店を始めた。これは私も記憶があって、かつて桜ヶ丘町時代のユーロスペースの1階にはドイツレストランがあったはず。「欧日協会」という名前の語学学校も同じビルにあったのではないか。
30歳前後の堀越さんは、「欧日協会をたたんで、どっかの出版社にもぐりこもうかとずっと考えていました」。彼が編集者になっていたら、日本の「ミニシアター」はだいぶ層の薄いものになっていたかもしれない。それはともかく、ドイツ映画祭を始める時の話がおもしろすぎる。
「僕は旅行代理店をやっていたし、レストランも経営していたから、ちょっと毛色が違うと思うんですよ。また、そこが僕の生意気なところなんだけれど、ほかの映画好きの自主上映団体と違うことをやろう、つまり自分で輸入して買い付けた映画を上映しようと思ったのね。だから、最初から配給会社をやっていたようなものですよ」
「そこで田村といきなりドイツに行って、ドイツ博物館のシネマテークの館長に電話したんですよ。館長がエンノ・パタラスだと、後からわかったんですが、彼が面白がって、翌日来いということになって、その場で映画会社に紹介の電話を入れてくれたんです」
エンノ・パタラスは映画史家として有名で私も会ったことがあるが、いきなり映画博物館に電話するところがいい。そして四社くらい回って試写を見る。「映画がいくらするかわからない」ので、とりあえず16㎜の非劇場権を買う。でも帰国してからが大変で、海外送金も日銀に申請が必要だし、字幕の付け方もわからない。
「東宝か松竹に電話して、「字幕ってどこで入れるんですか」って聞いたことがあって、すげえ馬鹿にされた」。たぶん馬鹿にした社員は、ろくな仕事はしていないだろう。ドイツ映画祭は「全回、満杯」だが、「自主上映で連日満員になったところで、入場者数の合計はたかが知れているんですよ。劇場公開の映画とはひと桁違うから、継続的に映画を買い付ける資金なんて残るわけがないんです」
そこで1982年に劇場を持って「ヴォイテック・ヤスニー監督の『ある道化師』をやって、いきなり、警察に引っ張られるんですよ」「無許可営業ということで、保健所や興行組合からにらまれて、警察が動いたと思うんです」。それでも営業停止の間に、「ファスビンダー特集やら旧作をこっそり上映していたんです」というからすごい。
とにかく無知は強い。映画の買い方も相場も字幕の付け方も映画館の「しきたり」も知らない方が、かえってすごい仕事ができる。これは人生の大いなる教訓だろう。この本は税込みで2200円と高くないので、ぜひ若い人、特に大学生に勧めたい。
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