もう一度『映画はアリスから始まった』を見ながら
世界最初の女性監督、アリス・ギイをめぐるパメラ・グリーン監督のドキュメンタリー『映画はアリスから始まった』を再び見た。というのは上映後にトークをしたからで、既に試写で見ていたがもう一度見た。
映画は演劇やコンサートと違って全く同じ内容だけど、私は上映後に話す時には同じ場所で観客と一緒に見るようにしている。どこで笑ったとか、外で雷が鳴ったとか、冷房が強かったとか、その場の空気感を味わうことは話すうえで大事だと思うから。
2度目にスクリーンで見ると一番驚いたのは、アリス・ギーがずいぶん長生きしたことだ。1873年生まれだから明治6年で、日本なら泉鏡花と同じ。小津安二郎よりも30歳も年上だ。ところが亡くなったのは1968年で94歳まで生きている。
映画に出てくる彼女のインタビューは3つあって、56年、64年と音声のみの63-64年である。つまり83歳や91歳のわけで、まずわかりやすく明るく話していることにまず驚く。彼女は自分の存在がリュミエール兄弟やジョルジュ・メリエスに比べて知られていないことが不満のようだ。さらに『キリストの生涯』(1906)がヴィクトラン・ジャセの監督と書かれたことに怒る。
彼女は1895年、リュミエール兄弟の世界初の映画上映にレオン・ゴーモンと参加したようだ。そして1896年に世界初の物語映画『キャベツ畑の妖精』を作ったと言う。しかし2008年にゴーモン社が出した初期映画のBOXにはこの映画は1900年として分類されているし、そもそも1896年にはリュミエール兄弟もメリエスも「物語」といえる映画を作っている。
察するに、彼女は長い間忘れられた存在だったので自分がやったことを長年主張しているうちに、「最初の物語映画を1896年に作った」と信じ込んだのではないか。ずっと言っていると自分でも事実に思えてくるのはよくある話で、ましてや80歳を超えているのだから。彼女があまりに明晰に話すので、60歳くらいに見えてしまうが。
映画では1906年の『マダムの欲望』を見せて、ナレーションで「クロースアップも発明した」と言うが、それは英国のブライトン派のジョージ・アルバート・スミスなどが1900年に既に使っている。そんなわけで映画史からすると多少の踏み外しはあるが、アリス・ギイの楽しい映画をたっぷり見られるし、彼女の語りもふんだんにあるので、おもしろいドキュメンタリーであることに間違いはない。
彼女の評価が低かったのは、ジョルジュ・サドゥールやジャン・ミトリなどの映画史家が彼女にあまり触れていないからではないだろうか。自分でトークをしながら、映画史の記述と個人の記憶について、いろいろ考える夕べとなった。
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