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2022年10月21日 (金)

東近美の常設展を楽しむ

竹橋の東京国立近代美術館で話題のゲルハルト・リヒター展が終わったので、常設展を見に行った。リヒター展は現代美術にしてはずいぶん賑わっていて14万人近く入ったというが、そうなると常設展も混雑する。リヒター展のような企画展は1階だが、常設展は2階から4階まで3フロアー。

もちろん展示面積も作品数も常設の方がずっと広い。常設も実は年に何度か展示作品を変えていて、ミニ特集もある。企画展を見る時は常設展にも足を延ばすが、疲れてしまって駆け足になることが多い。それに企画展が終わって1週間後には常設展の内容が一新しているので足を運んだ。

10月12日からの展示の目玉は「プレイバック「抽象と幻想」展(1953-1954)」。最近行った都現美の展示でも「読売アンデパンダン展」や「人間と物質」展など旧都美の展覧会の一部再現があったが、最近はこうした「展覧会の展覧会」が流行りなのかもしれない。こちらは「プレイバック」で都現美は「コレクションを巻き戻す」だし。

東京国立近代美術館が今の国立映画アーカイブの場所にオープンしたのは1952年の12月1日。サンフランシスコ講和条約が発効して日本が独立をした年である。それから「日本近代美術展 近代絵画の回顧と展望」の名で近代美術を歴史的に展示してきた。そして1年後の最初のテーマ展が1953年12月1日から翌年1月20日までの「抽象と幻想」展となる。

すごいのは「非写実絵画をどう理解するか」という副題が付いていることで、おそらく国民の大半が絵画とは写実だと思っていた時代に、そうでない絵画をわからせたいという教育的信念が感じられる。今回で実際に展示されているのはその時の展示作品のうち現在東近美が所蔵している10点ほど。

北代省三のモビールのオブジェや駒井哲郎や浜田知明のエッチング、河原温の「浴室シリーズ」のデッサン、奈良原一高の写真などで、今見ると小品が多く特におもしろいわけではない。むしろ当時のポスターや趣旨説明とか「シュルレアリスムの展開」、「アブストラクト・アートの展開」といった当時のパネルの再現に目を奪われる。

例えば「シュルレアリスムの展開」はフォーヴから始まって未来派や表現主義を経てシュルレアリスムに至る過程を年代ごとに作品写真を組みこんで丁寧に説明している。あるいはVRで展覧会の会場を再現しているのもすごい。さらに会場にはそれらを当時の印刷物やパネル、写真付きの全作品リストも入れた形の小冊子が無料で配布されている。

基本は各作家1点で1950年から53年までの作品が並ぶ。ある種の抽象の作家たちのコンクールのようなものだったのではないか。これはおもしろいので、もう一度見たい。

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