『オーソンとランチを一緒に』の破壊的放言の力:その(1)
晩年オーソン・ウェルズが、若いアシスタントのヘンリー・ジャグロムとの3年間に渡る会話を録音したテープを起こしたのが、『オーソンとランチを一緒に』。ウェルズは1985年に70歳で亡くなったが、この本がアメリカで刊行されたのが2013年でもちろんウェルズはまさか本になるとは思っていなかっただろう。
先日、ユーロスペース代表の堀越謙三さんが77歳で編集者の高崎俊夫さんにこれまでの映画人生をぶちまけた『インディペンデントの栄光』について3回も書いた。こちらは本人が念入りに手を入れた(その割には間違いが多いと話題!)ものだが、オーソン・ウェルズのこの本は本人が亡くなって28年もたって出ている。
テープの文字起こしだから本人が手は入れらないのはもちろん、彼が触れている映画関係者の大半が亡くなっているから、数々の放言がそのまま活字になっている。おもしろいのは、その破壊的な放言が時に実に鋭かったり、これまで知られていなかった事実を明らかにしたりしていることだ。さらに老境のウェルズの焦りや苦悩も散りばめられている。
例えばジャグロムが出たばかりの脚本家の自伝に触れるとウェルズはこう言う。
「そんなものは読みたくない。映画の本も演劇の本も読む気がしない。映画自体にもあまり興味がない。ずっと話しているのに誰も信じてくれないが、これこそは本心で、自分の作品を作ることにしか興味はない。ほかの監督や――ひどく傲慢に聞こえるかもしれないが――、映画表現に興味がなく、他人の映画を見ることほど、私にとってつまらない芸術上の営みはない」
「私はただ監督がしたい。これもまたひとつの真実だ。/ひとつ付け加えておくと、私は映画草創期の作品にはかなり詳しい方だ。なぜなら、自分が監督になる前の時代に作られた作品には興味があったからだ」
「映画もそうで、他人の作品や批評に脅かされたり、個人的に震撼させられては、自らのヴィジョンの純度は薄れてしまうと信じている。だから若い世代の監督たちは、あまりに映画を見過ぎなんだと思うんだ」
この言葉にはある真実がこもっている。確かにこの本では彼がバスター・キートンやジャン・ルノワールやハワード・ホークスを絶賛する言葉があるが、ほとんどが戦前の作品ばかり。
訳文は読みやすく、豊富な写真と注がついていて、映画史的な知識がなくても楽しめるようにできている。今日はここまで。
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