『夜明けまでバス停で』が描くコロナ禍の日本社会
高橋伴明監督の『夜明けまでバス停で』を劇場で見た。フェイスブックで友人がほめていたので見たいと思った。見終わって、2020年初めくらいから1年くらいの日本の状況をこれほど克明に描いた映画はないのではと思った。
映画は、2020年11月に実際に起きたバス停で寝泊まりする60代のホームレス女性の殺害事件をもとにしている。この女性が実は元劇団員だったこともあってネットで話題になったので、よく覚えている。
映画の主人公はもう少し若い。手作りジュエリーを販売しながら居酒屋でバイトをする三知子(板谷由夏)は、元夫にクレジットカードを使われて借金を抱えている。居酒屋ではオーナーのマネージャーにいじめられ、兄からは母の介護のお金を請求されるが、何とか生き延びている。ところがコロナ禍で居酒屋は閉店して解雇され、住み込みのアパートは追い出される。
ようやく見つけた住み込みの介護の仕事も行ってみるとコロナ禍で採用が中止になり、三知子は路頭に迷うことに。そこで出会ったのは根岸季衣や柄本明や下元史郎らが演じるホームレスの老人たちだった。
居酒屋のオーナー役の三浦貴大がちょっと悪者過ぎるし、安倍元総理の緊急事態宣言や菅前首相の就任時の「自助、共助、公助」を見せるなど、反政府的立場が強すぎるかもしれないと前半は思った。しかし居酒屋で働くバイトの同僚を演じるルビーモレノや片岡礼子、土居志央梨たちの連帯感がいいし、そこの社員だった店長(大西礼芳)が最後には三知子の味方に回る展開も爽快だった。
後半になると柄本明の三里塚闘争やベトナム反戦運動や『仁義なき戦い』の話や、「パンク芸者」だった根岸季衣の宇野宗介元首相の芸者の話などが出てきて大いに笑った。彼らと三知子の立場は全く違うが、今の政治はおかしいという点だけは共通している。私は日大全共闘の世代の方を何人か知っているが、彼らもやはり最近の政権を強く批判している。
考えてみたら、コロナ禍の日本でさらに広がった格差社会をこれほど正面から描いた映画はほかにない。結末は実際に起きた事件とは違って少しだけ希望の持てる形にしているが、それでも怒りはたっぷり伝わってくる。板谷由夏を初めとする俳優たちの強い存在感がそれを支えている。
さて見終わって新聞の映画評が出ているかと調べたら、「毎日」のみが破格の扱いで見識を見せた。「朝日」も真魚八重子氏の映画評が載ったが、後半は妙な展開。柄本明が爆弾づくりに「腹腹時計」を使うシーンを「テロ行為の安易な利用に憤りを覚えた」と書かれていてびっくり。この筆者は時々思い付きをそのまま書くが、これはあの世代への想像力を欠くひどい表現だ。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- シュヴァンクマイエルの「最後の劇映画」(2025.07.14)
- ゴダール展に考える(2025.07.16)
コメント