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2022年11月10日 (木)

岡本太郎展に考える

正直なところ、岡本太郎が重要な画家なのかどうか、わからなかったところがある。私が小さい頃はテレビに出てきて「芸術は爆発だ!」と力んで叫んでいたヘンなおっさんだった。大阪万博の「太陽の塔」を作ったことでも有名だった。

イメージとして作品はどれも同じようなもので、赤や黒や黄色の悪魔のようなものが黒っぽい画面いっぱいに舞う。いくつか見るとすぐに飽きる。それでも1930年代にパリにいたとか、1950年代に縄文文化を発見したとか、沖縄や東北で膨大な写真を撮ったとかいろいろ興味深い要素もある。上野の東京都美術館で「展覧会 岡本太郎」が12月28日まで開催中なので出かけてみた。

正直なところロビー階の展示は、総花的でこれまでのこの芸術家のイメージ通りだった。1950年代から70年代までほとんど変わっていないあの「爆発」の絵だ。彫刻もあるが、基本的には絵画の延長線上の悪魔のような造形だ。

これが上の階(1階)に行くと、1930年代のパリ時代の作品が出てきて一挙におもしろくなる。彼は1930年、18歳の時に両親と共にパリに着き、自分だけが10年間残る。いったい何をしていたのか。展示されている作品は少ない。《痛ましき腕》(1936年)は顔の部分に大きな赤いリボンがある女性の腕を中心に描き、ルネ・マグリットやキリコを思わせる。

ニューヨークのグッゲンハイム美術館から40年ぶりに貸し出されたという《露店》(1937)は不思議な絵だ。露店に並ぶネクタイや小物の奥に笛を吹く暗い痩せた女性がひとり。並ぶ品物は様式的で女性はリアル。暗さと祝祭性という意味では戦後にもつながるが、マティスのような平板な模様のような売物は何だろうか。

今回の目玉の一つは最近見つかった1931-33年の3点。暗い画面に細い布のようなものが舞っている。色調はピカソの青の時代のようんだが、その抽象性はむしろミロを思わせる。パリのアトリエ村のゴミ集積所から見つかったもので、ある画家が捨てたという。1点には岡本の署名があるが、この展覧会のための日本人専門家の鑑定で、8割から9割の確率で本物という。

すごいのは1937年にパリで画集を出していること。G.L.M.という出版社の「今日の画家」シリーズの一冊で、有名な美術史家のピエール・コルティヨンの文章付き。《痛ましき腕》や《露店》はこの画集に出ているらしい。できたらこの画集に載っているすべての絵を写真でいいので見せて欲しかった。

彼は1940年に帰国し、42年には徴兵で中国へ行き、敗戦まで4年間を過ごす。18歳から28歳までのパリの後、30歳で4年間日本の軍隊にいた岡本は何を考えたのか。従軍画家ではないので戦争画はないが、『師団長の肖像』(1942)と『眠る兵士』(1945)がある。この2点はこの展覧会で唯一写実的だ。

パリに10年、戦場に4年、この間の作品は10点しかない。今日はここまで。

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