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2022年11月 8日 (火)

荒木正也著『映画の香気』に涙する

アスミック・エースのプロデューサー、荒木美也子さんのお父様も映画プロデューサーだったという話は彼女から聞いたことがあった。松竹にいたことがあって吉田喜重監督などがよく遊びに来ていたと。しかし実はその名前さえも認識していなかった。

しばらく前に荒木さんから、10月14日に亡くなった父の本です、と送られてきたのが荒木正也著『映画の香気―私のシネマパラダイスー』。この本が亡くなられる前日にできたと書き添えられていた。

私はあまり映画プロデューサーの本は読んでいない。自分の側だけから見た自慢話が多いから。しかし、この本は抜群に面白かった。1人の監督との長い付き合いや1本の映画ができるまでを克明に描いていて、読んでいてドキドキしたり涙が出たりした。

パラパラとめくり、「Ⅱ出会えてよかった映画界の巨人たち」の「城戸四郎さん」を読んで、若手社員の荒木氏が城戸社長と丁々発止の議論をして辞表を提出するあたりに胸が躍った。まず柴田翔の『されどわれらが日々』を芥川賞を取る前に映画化を決めて城戸社長の了解を得るが、芥川賞後に原作を読んだ社長から呼ばれ「こんな赤の話を、よくもわしを騙したな!」。ボツになる。

同じ頃、吉田喜重監督の『日本脱出』は脚本の段階から社長と揉め「「君、わしは社長だ。これを押すのはわしだ」と社長印を見せて私を黙らせようとしました。「オールマイティをすぐ出すのは卑怯です」。城戸さんは冷たく笑います」。そして初号試写の後に社長にラストを直すように言われて辞表を叩きつける。

それから荒木氏は「これからは余生さ」と博報堂に転職する。城戸氏の葬儀の後に松竹の宣伝部長から『寅さん』の広告の扱いを電通から博報堂に変えたいと申し出があった。「これは城戸さんから言われたことなんです。絶対に君には言わないようにと言われていたのですが」。いい話である。

そのほか「木下恵介さん」など7名の映画人との思い出があり、次に『東京裁判』『次郎物語』『死の棘』の製作の一部始終が企画から公開まで克明に語られる。中でも小栗康平監督『死の棘』がすったもんだした挙句にようやくできあがり、カンヌに出してグランプリを取った瞬間には、まるで自分がその会場にいるように興奮してしまった。

「私と小栗さんは無言で抱き合いました。「さあ、いってらっしゃい」送りながら私の目から涙が止めどなく流れ落ちます」。この本の最後には1枚のチケットの写真がある。閉会式の入場券で手書きで「荒木正也さん ありがとう。小栗康平」と書かれている。パーティの場でサインをもらったものだが、これを最後に見せるところにこのプロデューサーらしさがあるように思った。

松竹に勤めて10年ほどで社長とケンカをして辞めて、博報堂に勤めるが偶然に映画製作に関わってゆき暗礁に乗り上げていた『東京裁判』を作りあげる。そして自分の事務所を持って『次郎物語』(これは大ヒット)や『死の棘』を作る。若者が映画プロデューサーとはどんな仕事かを知るのに、うってつけの本だろう。決して古くない。

 

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