久しぶりのポール・オースター:『写字室の旅』
かつてアメリカの作家、ポール・オースターの小説をよく読んだことがあった。『孤独の発明』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』『最後の物たちの国で』『ムーン・パレス』など1990年代に出た翻訳を単行本で買って読んでいた。30代で仕事が一番忙しかった時だが、その孤独な世界に密かな喜びを見出していたのか。
それから20年以上たって、近くの本屋「かもめブックス」でふと彼の文庫を見つけた。中編の『写字室の旅』と『闇の中の男』が一緒に入って税別で800円はお得だと思った。前に書いたように私にとって本はもはや「整理」の段階に入ったので、最近は単行本はよほど必要なもの以外は買わない。それに腰を悪くするので、重い本は持って歩けない。
『写字室の旅』は、まず設定に惹かれた。老人が一人、奇妙な部屋にいる。幽閉されているのか。真上の天井にはカメラがあって、シャッターは1秒ごとに音もなく作動する。マイクもあって、すべて録音がされている。部屋の中のものには名前が書かれている。ランプには「ランプ」と。窓は1つ、ブラインドが下ろしてある。
老人は「ミスター・ブランク」と呼ばれる。もちろん「ブランク」は何もないということだろう。机の上に紙と写真の山がある。原稿を読んだり、写真を見ていると、過去の記憶が蘇る。そこに出てくる人々が訪ねてくる。例えばアンナは写真では若いが、現れるのは35年後の姿だ。彼女は食事を用意してくれる。
そればかりか、食事を食べさせてくれ、キスもしてくれた。トイレをすませると風呂では体を拭いてもらう。するとペニスが勃起してしまった。「今日は元気ですねえ」。彼女が撫でるとと「ハッと喘ぐとともに、精液が体からほとばしり出て」しまう。「君は本当にやさしいね」
「私は君に何かひどいことをしたんだ」「あなたのせいじゃなかったんです」「あなたは私を危険な場所へ送り出しました。どうしようもなくひどい場所へ、滅亡と死の場所へ」「その場所にどれくらいいたんだい?」「何年かです、予想していたよりずっと長く」「自分が本当にはずかしいよ」
「あなたは自分より大きなもののために自分の人生を犠牲にしたんです。あなたが何をしたにせよしなかったにせよ、とにかく自分勝手な理由じゃないんです」
こうして過去に自分が送り出したことで不幸になった人々が現れる。解説によればそれはポール・オースターの主人公らしい。つまりは小説家が自分が生み出した人物の不幸を語っているようだ。しかし20年以上前に彼の小説を5冊ほど読んだ私は、全く記憶にない。
しかし、後悔の念を抱きながらあまり覚えていない過去を振り返る感じは、悪くない。人に迷惑をかけどうしだったとは、私自身もよく思うから。さすが、ポール・オースターだった。
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