映画を見過ぎると:その(2)
今や国立映画アーカイブの館長となった岡島尚志さんが、若い頃私に「映画は一種の宗教です」と言ったことをなぜか覚えている。映画界で働く本当の映画好き(これは意外に少ない)が集まる宴会の席だったと思う。私はそれを聞いて「なるほど」と納得した。
小学生の時から映画は好きだったが、九州の片田舎で月に1度3本立てを見に行くくらいだった。いわゆる映画狂になったのは大学に入ってからである。1年生の時に友人に誘われて、小津安二郎の『晩春』や溝口健二の『雨月物語』やアラン・レネの『夜と霧』などを見た。
そこには、今まで自分が見てきた映画と明らかに違う何かがあった。「監督」という存在で映画がいかようにもなることを知り、監督の名前で映画を見るようになった。その頃、蓮實重彦さんの『監督 小津安二郎』が出版されて、彼のほかの本も貪るように読んだ。
すると「見なければならない」映画が猛烈に増えた。挙句の果てにパリまで行って、映画三昧の一年間を過ごした。就職してからも、その熱は冷めず、土日には朝から映画を見ていた。典型的な「ハスミ教」の信者だったが、フィルムセンター(今の国立映画アーカイブ)に行くと、全く違うタイプの「宗派」がいることに気がついた。
30歳くらいになって映画祭を企画する頃になって、好きな映画は各自が決めればいいという当たり前のことに気がついた。映画を上映すると必ずしも好きでない映画も混じって来る。あるいはいろいろな客層がいることにも気づく。
それでもゴダールは見ていない作品がどこかで上映されたら、必ず見に行った。ゴダールはこの9月に亡くなったが、最近、映画ファンには熱狂的な人気があったジャン=マリー・ストローブも亡くなった。
正直に言うと、ゴダールはどんな小品でも必ずゴダールらしさがあり、私は面白いと思う。しかし最近の作品を評価しない人も多い。ところがストローブ=ユイレ(数年前に亡くなった奥さんのダニエル・ユイレと共同監督していた)になると、『アンナ・マグダレーナ・バッハの記録』や『シチリア!』などを除くと、猛烈に退屈だった。
それでも映画通の間では否定しがたい感じがあった。アテネ・フランセ文化センターの前の方で2人の映画を見ている人々は、まさに「宗教」だと思った。映画狂=映画教という宗教にハマると、ストローブ=ユイレは否定できない感じになる。今は退屈だと言えるけれど、20代の頃は一生懸命におもしろいと思うように努力していた気がする。
「たかが映画じゃないか」という言葉があるが、宗教としての映画にハマって映画教信者になると、映画が人生の一大事になってしまう。旧統一教会の被害で盛り上がっているが、映画教も十分に罪は重いのでは。
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