本を売る:その(1)
長い間、本を買うことが一番大事だった。食べるお金を節約しても、読みたい本、欲しい本、必要な本、将来必要であろう本を買った。よく考えてみたらたぶん半分は全く読んでいない。それでも文章を書いている時に、そんな本があったなと思い出し、本棚から取り出して役にたったことが何度もあった。
前にここに書いたが、働き始めて7年くらいたって高校生から大学、大学院にかけて買った本の大半を売った。しかしそれ以降は、一切売っていない。大学に移ってからは研究室がもらえたので、映画関係の本の多くはそこに詰め込んだ。
本を買い、読み終わると大学の研究室に収めた。見た目には満杯だが、無理に入れればまだ何とかなる。ところがその考えがある時変わった。知り合いの大学教授Tさんは67歳で大学を早期退職したが(その大学は70歳定年)、研究室にあった本が自宅に入りきれず、仕事場としてアパートを借りたという。
私の大学の定年は65歳であと4年と少ししかない。研究室に置いている本は絶対に自宅に入らないので、持ち帰るとしたら私も借りるしかない。しかしTさんと違って私はそれらの本を使って退職後も研究を続けるタイプではない。これは売るか処分するしかないな、と思っていた。
前にここに書いた通り、樋口尚文さんが始めた『猫の本棚』というシェア型書店の棚主となった。自分が新聞社時代に企画した映画祭のカタログの残りを大量に自宅に持ち帰っていたが、それを置いたら最初は「爆売れ」(樋口さんの言葉)。売れ行きが落ちてきたので「田中一光回顧展」などの展覧会カタログを置いたらそれも売れた。
自宅に少しだけスペースができたら、ずいぶん嬉しかった。そのうえ、収入まであるのだから。最近は自分が企画していない展覧会のカタログも置き始めた。それでも月に1、2冊のペースだと4年後の退職時になっても、とても研究室の本が自宅に収まるのは無理だ。
そんなことを考えていたら、突然吉祥寺の古本屋からお手紙が来た。そこには「おじいさんの本買います」と大きく書かれていて、笑ってしまった。「こんな本を買い取ります!」として「哲学、現代思想」とか「写真集、美術展図録」など書かれている。
「当店では、一冊の本には必ずその本を必要としているひとりの読者がいるとの信念のもと、学術書と美術書を中心に幅広い分なの本や雑誌を取り扱っております」。いいではないか。さっそく電話をすると、どうも店主はいなかったらしく、「取りに来てもらえないか」というと「どんな本か題名を言ってください」
私は目の前にある「北京故宮博物館200選」など美術カタログ名をいくつか言った。「こちらから電話します」とのことだったが1週間たっても返事がない。言った本の題名がよくなかったか。しかし「本を売ろう」と一度決めたものは揺らがないので、もう一度コンタクトしようと思っている。
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コメント
吉祥寺の古書店,よみた屋さんですね.
神保町の小宮山書店も美術展図録が大量に置いてある階があったと思います.
投稿: yazaki | 2022年11月18日 (金) 11時31分