« ふるさと納税をした | トップページ | 『ウェイ・オブ・ウォーター』の新しさと古さ »

2022年12月25日 (日)

今年亡くなった映画人たち

今年はジャン=リュック・ゴダールを始めとして、とりわけ「大物」というか、私にとってどこか難しい監督たちが亡くなった気がする。崔洋一さんと吉田喜重さんについてはここに書いた通りだが、青山真治監督もまた「鬼門」だった。

2000年頃に東京日仏学院(今のアンスティチュ・フランセ東京)のパーティで私は泥酔して、青山さんに失礼なことを言ったらしい。中身は覚えていないが、フランス映画社の故・柴田駿さんに注意されて謝った記憶がある。それ以来、どうも相性がよくない。かつてツイッターをやっていた時に、リツイートで強い批判を書かれたこともあった。学者のお気楽な意見が気に障ったのか。

大森一樹監督は、文化庁の会議で一緒だったことが何回かある。何か意地悪をされたわけでもないが、私のようにマスコミ上がりの中途半端な大学教師の言うことはスルーされた気がしていた。私の考えすぎかもしれないが、私自身が最近の彼の映画を好きではなかったので、それが顔に出ていたかも。

監督ではないが、映画評論家の佐藤忠男さんとはたぶん20回以上面と向かって話をしているのに、私のことを記憶してくれなかった。私は若い頃は蓮實重彦さんにハマって佐藤さんのことは評価していなかったが、働き始めてからはアジア映画を日本に広めた彼の功績は大きいと実感した。さらに教え始めてからは、彼が日本映画について書いたことがいかに的確かを思い知った。

彼とはあまり仕事をしたことはなかった。1996年から97年にかけての「韓国映画祭1945-1996」では分厚いカタログに文章をお願いし、会場でのレクチャーも頼んだくらいか。それでもパーティでよく会うと向こうは誰だろうという顔をするので、「〇〇の古賀太です」と自ら名乗っていた。すると彼は「あなたに紹介したい」と外国の監督などを連れてきたことも数回あった。だいたいはお金が欲しい話だったが。

プロデューサーの河村光庸さんとはいい関係だった。2021年に大学で講演をお願いして、それがきっかけで『パンケーキを毒見する』の学生向け試写をやり、上映後のトークに来てもらった。その後に長い電話がかかってきてあるプロジェクトを打診されたが、曖昧にしたままだった。さらに『人と仕事』の学生向け試写も断ってしまった。だから私にとっては申し訳ない思いがある。

ゴダールやストローブはもちろん面識もないが、ここにも書いた通り彼らは私にとってはある種の「宗教」だった。彼らがいなくなって、もう自由に好きな映画だけを見て語っていいのだという気分になった。今年亡くなった映画人たちを考えてみたら、本物の仕事をした人ばかりで、私のようなふらふら人間には「抑圧」になったのだろう。

|

« ふるさと納税をした | トップページ | 『ウェイ・オブ・ウォーター』の新しさと古さ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ふるさと納税をした | トップページ | 『ウェイ・オブ・ウォーター』の新しさと古さ »