エテックス『ヨーヨー』を見る
ピエール・エテックスという名前は、昔から知っていた。1980年代半ばにパリで短編を1本見たはずだが、全く記憶にない。彼はイラストレーターとしても活躍してジャック・タチの『ぼくの伯父さん』のすばらしいポスターは有名だが、彼のデッサン展を日本で見た気がするのはひょっとして幻かも。
そんな謎のようなエテックスの監督した長編4本を上映するので、劇場に出かけた。とりあえずまず見たのは有名と言われる『ヨーヨー』(1965)。彼はジャック・タチやチャップリンなどと同じく、長編監督作品ではすべて自分が主演。
『ヨーヨー』は、最初は音楽や物音だけで始まる。まるでサイレント映画の伴奏つき上映のようだ。大きな城に住む億万長者は、十人を超す召使を使いながら優雅な生活をする。食事はほんの一口だけ食べ、犬の散歩に大きな車を使う。画面はおおむね左右対称で、すべてに美学が貫かれている。
ある時城からサーカス団のトラックが何台か通り過ぎるのを見た城主は、城の大きな庭で自分一人のために公演を依頼する。そのサーカス団にはかつて愛した曲馬師の女、リュスがいた。1929年、世界大恐慌で億万長者は無一文になるが、彼はサーカスにリュスを迎えに行き、自分との息子だったヨーヨーを連れて3人で公演を始める。
それから10年。ここから映画は一挙に会話が入る。トーキーになったからだが、ヨーヨーは成人して有名な道化師として独立していた。両親は仲間と公演を続けているが、ヨーヨーは父の城を蘇らせようと考える。おもしろいのは大人のヨーヨーもエテックスが演じていることで、両親は最後にかつての城にやってくる時も姿を見せない。
ヨーヨーは荒れ果てたお城の再建のためにお金を稼ごうと、道化師をやめて興行会社を作ってビジネスをする。一方でイゾリーナという空中ブランコ乗りを好きになるが、なかなかうまくいかない。ようやくお城を立て直して盛大なパーティをやるが、彼が待つのは両親のみ。そこにイゾリーナは両親を連れてくる。
サーカスの団員達も、会社に売り込みに来る芸人も、パーティにやってくる金持ちたちも、みんな見ているだけでおかしい。そしてそれらを見ている無言のエテックスがいる。これだけを見た印象だと、ジャック・タチよりも社会批判的な見方やパロディが少なく、地味に各場面で自分の映像美を作りあげている。ほかの作品も見てみたい。
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