『あのこと』の衝撃
最近のフランスの若手女性監督はとんでもない映画を作る。ジュリア・デュクルノー監督が長編2作目でカンヌのパルム・ドールを取った『チタン』もそうだったが、研ぎ澄まされた映像感覚で女性の身体の物理的社会的不条理にグイグイ迫る。
オードレイ・ディヴァン監督の『あのこと』も長編2作目で去年のヴェネチアで金獅子賞を得ている。これは見なくてはと劇場に出かけたが、大当たり。原作はノーベル文学賞を得たばかりのアニー・エルノーで、小説と同名の原題は「事件」。
「あのこと」=「事件」とは、1960年代のフランスの地方都市アングレームで大学生のアンヌが妊娠してしまったことを指す。どうしてそれが「事件」かと言えば、当時のフランスでは中絶は違法でその補助をした者も罰せられる規則だったため。カフェを営む両親は貧しかったが真面目に勉強をして成績もよかったアンヌは、何とかして堕胎して学問を続けようとする。
インターネットのない時代、図書館の本で調べ、友人たちに聞く。仲のいい女友だちの一人は「2度とこの話をしないで」という。かかりつけ医に行くと、医者は中絶に協力したら自分も逮捕されると言う。親にはとても言えないが、どんどん時間はたってゆく。
映画は「3週間目」に生理がないのに気づいた時から始まって、「4週間目」「5週間目」という具合に進展を見せる。ポイントは「気がついたら妊娠していた」ことで、そのきっかけとなった関係は見せない。あとでアンヌは相手の大学生に会いに行くが、結局喧嘩をして帰ってくる。
時間は過ぎてゆき、体調も悪くなって精神的に追い詰められて勉強どころではなくなる。ある時友人の男子学生が、中絶を経験した女性を紹介し、彼女から違法堕胎をしている女性を紹介されてそこに行く。
とにかく見ていて痛い。まず自分で細い鉄の棒を陰部に差し込んで出血するが、医者に行くと「子供は大丈夫だ」。堕胎をする女のところで1度うまくいかず、危険を伴う2度目に挑む。その後の悲惨な状況。
やたらにアンヌが裸になるシーンが出てくる。学生寮のシャワー、医院、そして自室で。映画は60年代にふさわしいスタンダード・サイズでアンヌを追うだけ。アンヌを演じるアナマリア・ヴァルトロメイが、まじめだが自分の感情に忠実な姿を演じる。その母役のサンドリーヌ・ボネールや堕胎をする女役のアナ・ムグラリスを映画で見るのは久しぶりだが、強い存在感を見せた。
女の身体を正面から取り上げて、世界の映画祭を制するフランス女性監督の渾身の1本。フランスで中絶が認められるヴェイユ法は1975年にようやく成立する。今朝、「朝日」を見ていたらエルサルバドルでは今も違法で、子供が死産で10年間投獄された女性の話が出ていた。
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