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2022年12月26日 (月)

『ウェイ・オブ・ウォーター』の新しさと古さ

ジェームズ・キャメロン監督の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』を劇場で見た。3Dで見るのは久しぶりで懐かしい気分になった。考えてみたら前作は2009年で、多くのシネコンがこの映画を契機に多額の投資をしてデジタル上映に切り替えた。この年に大学に移ったのでよく記憶している。

前作は惑星パンドラの神秘的な森の物語だったが、今回は同じ星の海に生きる人々を描く。パンドラの種族ナヴィとして蘇った元人間のジェイクは、現地の妻や子供たちと森の国を従えて暮らしていた。そこに宿敵クォリッチが再来したため、ジェイクは家族を連れて森の国を捨てて水の国へ移住する。

何といっても海の中の映像に目を奪われる。大小さまざまな魚類や海の植物と共存する水の国の人々の生活は見ているだけで目を奪われる。森の国から来たジェイクたちは最初は受け入れられないが、次第に新しい生活に馴染んでみんなと打ち解けてゆく。

ジェイクは元地球人なので、その子供も含めて指の数がナヴィとは違う。水の国に行った時にからかわれるのは彼らが水の国の生き方を知らないからではなく、指の数が違うからだった。そんな多様性もナヴィは飲み込んでゆく。そこまでが約1時間半。

後半はクォリッチがジェイクの居場所を突き止めて、地球から大軍を率いてハイテクの武器を使って来襲する。もちろん水の国の人々は素朴だが自然の力を十二分に使った戦法で立ち向かい、見事に撃退する。つまりは文明と未開の戦いという西部劇以来のパターンだ。そこにジェイクの家族愛も加わってちょっとありきたりになってしまう。

3時間12分、私にはちょっと長かった。水の国が負けてしまうのは映画としてありえないので、ひたすら一回り小さな地球人たちが間抜けに負けてゆくのを見るしかない。前作には地球人の分断があり葛藤があったので、どこか哲学的な部分があった。今回はひたすら未開の強さを称えるばかりで、飽きてしまう。

ジェイクの養女、キリの存在がいい。彼女が水中の生物を駆使して養母のネイティリとその娘を探し当てるシーンはその美しさとドラマに涙が出そうになった。ネイティリも最後の最後までジェイクと同じかそれ以上に戦い抜くのも今風の女性像だろう。

久しぶりに前作を見たくなった。

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