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2022年12月14日 (水)

サッカーの後のゴミ拾いで「日本すごい」とは

ワールドカップで日本は負けたが、日本人サポーターの試合後のゴミ拾いが世界から評価されているという。私は21世紀になってからの「日本すごい」的なムードが苦手だ。今回のゴミ拾いへの海外の賞賛を伝える日本の報道にも、そんな自己満足的な匂いがする。

昨日の「朝日」では論壇面でそのことをめぐって3人がインタビューに答えている。日本に住むアメリカ人の学者は「私が生まれ育った米国などでは、公共スペースの清掃は専門職員の仕事という考えが一般的です」と言いながらも今回のサポーターを褒める。同時に「こうした善行が、日本国内でもあたり前のように行われているわけではない」として、家電やペットボトルを平気で路上に捨てる話も書く。

私は住んでいるマンションのゴミ集積所のマナーの悪さに、いつも呆れている。なぜプラスチックごみの置場に空き瓶や使用済み照明器具を置くのか、本当に不思議だ。椅子などの粗大ゴミを「燃えるゴミ」の場所に平気で置く者も絶えない。これは違う人種なのか。

アルゼンチンに住む日本人は「アルゼンチンでは、サッカーがスポーツの枠を超え、まるで戦争が始まるような、国の威信をかけた戦いと考えられているようです」「自分たちが極度の興奮状態にある至高の瞬間に、「帰る前にごみを拾おう」と動く姿は想像できません」。それほどサッカーに熱中するとは、すぐに頭を切り替えて掃除をするより私は好感が持てる。

社会学者の大澤真幸氏は一応褒めたうえで、「日本すごい」の変遷に迫っている。NHK放送文化研究所が1973年から5年おきに行う調査で「日本人は他国民より優れているか」「一流国だと思うか」に対して、「「はい」は83年にピークを迎えて下がり、98年、2003年で底を打って、再び10年代へ向けて上昇してゆくN字型になっています」

「バブル絶頂期とその直後に低いのは、日本人が、繁栄を謳歌する自分の姿を相対化する冷静さをまだ持っていたからだと思います。逆に03年からなぜ上昇するのか」「中国の台頭もあり、経済的政治的に国際社会での地位が沈んでいく時期です。私は自分を相対化する自信も余裕も失ったからこそ逆に、「でも日本はすごいはず」という渇望を満たす出来事を海外に求め、自己確認したからだと思います」

「日本はすごいはず」という根拠のない自信を、遮二無二海外からの賞賛に求める姿は危うい。謙虚に足元を見て、給料は安くなり、格差が広がった現代の日本社会の問題を自覚すべきなのに。根拠のない自信を追い求めると、日本も軍隊を持って軍事力を高めようという方向にしかならないのではないか。

そもそも、「ある国民が他国民より優れている」とか「一流国」という考え自体がおかしいか。

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