38年ぶりに見る『月の寵児たち』
かつてグルジアと呼ばれたジョージアで生まれたオタール・イオセリアーニ監督の映画を見たのは、大学2年生の時『落葉』(1966)が最初ではないか。それから4年生の時にパリに行って封切ったばかりの『月の寵児たち』(1984)を見た。
この映画はなぜか日本で公開されなかったが、2月17日から始まる「オタール・イオセリアーニ映画祭」で初公開されるという。今回はこのような未公開作を含む全監督作21本の上映というから、日本はやはりすばらしい国である。
試写で『月の寵児たち』を見た。84年のベネチア国際映画祭で審査員特別大賞をもらい、パリで翌年2月に公開された時に見たから、実に38年ぶりだ。当時は筋が追えずに狐につままれたような気持ちになったことだけを覚えている。
今回見ると喜劇なのに確かに人間関係は込み入っている。あちこちで不倫と売春で男女が結びつき、強盗とテロが頻発して警察はそれを追う。10人以上が入り混じって関係してゆく。そのうえ、18世紀のリモージュ焼きの陶器の皿のセットと19世紀の女性の裸体画がモチーフとして映画に出てくる。登場人物たちによって何度も陶器は割られたり、絵は盗まれたり。
冒頭、スープを飲もうとした女性が皿を割ってしまう。しばらくすると白黒の画面になり、画家が女性をモデルに裸体画を描く場面が出てくる。そして現代になり、女画廊主がその絵を持っている。彼女は暇さえあると愛人を作る。その1人は爆弾も作る鍵職人で妻と喧嘩するが、妻は女画廊主の夫の銃砲店主と関係を持つ。
銃砲店主のもう1人の相手は警視の妻。警視は銃砲店主は銃ばかりでなく爆弾を売っているのを掴んで、その行方を追う。鍵職人の妻は夫に腹を立てて実家に戻るが、彼女の父は浮浪者仲間とある銅像を爆破させようとたくらんでおり、銃砲店で入手する。女画廊主の愛人の1人は強盗で、彼女の家や警視の家から宝石や絵や陶器を盗む。
銃砲店主は警視に追われているが、500フラン札(懐かしいパスカル!)の束を掴んで逃げ出す。逮捕される前にゴミ収集のポリバケツに隠すが、それは収集係がネコババする。盗みに同行する息子(17歳のマチュー・アマルリック!)は枠を外した裸体画を気に入って持ち帰り、自分の家に飾る。これがどうにか追ったあら筋だが、要は階級や貧富に関係なくみんながセックスをして泥棒をする話である。
そのうえ、この映画には映画関係者が多数出ている。監督もテロリスト役で出るが同じくテロリスト役でゴダールの映画などに出てくるラズロ・サボがいる。鍵職人は映画史家のベルナール・エイゼンシッツだし、強盗を演じるのはフランス製カメラの「アートン」創業者のジャン=ピエール・ボーヴィアラのはず。映画評論家のノエル・シムソロもどこかにいるらしい。
見た後にいろいろ考えるだけで楽しくなる。すべてがパリのロケで、メトロのエドガール・キネ駅、グラシエール=トルビヤックのバス停、セーヌ川に面した改装前のサマリテーヌ百貨店、ポンピドゥーセンター横のニキ・ド・サンファルの彫刻のある池など、今のようにモダンになる前のちょっと野暮ったいパリがいい感じ。
この監督が最初にフランスで撮った作品だけに、いろいろな思いが凝縮されている気がする。見た印象としてはルネ・クレールの庶民性とジャック・リヴェットの陰謀話を足して2で割った感じ。人を食ったようなユーモアは、ジャック・タチをも思わせる。今回の映画祭で、この監督の全貌がようやく解き明かされるだろう。
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