1度に1つのことしか考えない
1年ほど前に自分のマンションの部屋を間違えて1階下の玄関を開けたことを書いた。たぶん2、3度やったと思う。「だれー?」などという声が聞こえて来たこともあったが、幸いにして相手が出てくる前に逃げた。
それから深く反省してやらなくなったが、先日一階下の玄関前まで行って開ける直前に気づいた。「開ける前に部屋番号を見る」という当たり前のことをしたので失敗せずにすんだ。そもそもなぜ間違うかと言えば、新聞を読みながら階段を登るから。そして部屋番号を見ずに開けるから。
去年の秋くらいから、何かをする時にそのことに集中するように心がけている。健康のために階段を登る時は、姿勢をよくして腕を振って前方を見る。それ以外のことは考えない。昔は新聞を読んだり、手紙を開けたり、ボタンを穴に入れたりしていたが、全部やめた。
駅の階段を降りる時も姿勢よく、足元を見て手すりのそばをゆっくり歩く。道を歩く時は前方を見て、渡る時は前後左右をよく見る。昔はよく転んだりぶつかったりした。7、8年前だと思うが、横断歩道を走って渡ろうとして手前で転んで顔と腕にケガをしたことがあった。そんなことは日常茶飯事だった。
歩く、という行為はあまりに基本的過ぎて、意識しない。だいたいほかのことを考えたり、何か手を動かしながら、いつの間にか歩いている、というのが普通だろう。しかし還暦を過ぎるとそれは危ない。安全に歩くという一つのことだけを考えて歩く。
そうすると、足が動く、手が動く、と言うこと自体がおもしろくなってくる。周りの人々や草木などの自然も見えてくる。私より年上の方は、本当に一生懸命歩いているのがわかる。子供たちは大騒ぎをしながら何の苦もなく走る。
もともと私は子供の頃から1つのことに集中できなかった。いつもほかのことが気になった。弁当箱や傘や手袋はいつもあちこちに忘れてきて、母を困らせた。今ならばADHDと判断されたかもしれない。実は映画を見ていても、ほかのことを考えることが多いように思う。
歩くことに戻ると、今は歩きスマホ族がいる。電車の中のスマホは音が漏れなければ人に迷惑はかけないが、歩きスマホは明らかに迷惑だ。当然歩くのが遅いし、ふらふら歩くから追い越せない。周囲も一切見ずに自分の世界に閉じこもる。私も大学生だったら同じことをやっていたかもしれない。
最近は、「歩く」という人間の基本行為のありがたみを感じている。1度に1つのことしか考えない、これを基本にしよう。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- なぜかイタリア映画の専門家に(2026.08.07)
- 高い、暑い(2026.07.28)
- 酒を飲む量が減ったが(2026.07.19)
- 突然耳が悪くなる(2026.07.17)
- 日本年金機構に行く(2026.07.05)


コメント