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2023年1月30日 (月)

『イニシェリン島の精霊』の人工的世界

マーティン・マクドナー監督は『スリー・ビルボード』(2016)が大好きだった。娘をレイプされて復讐に燃える中年女性をフランシス・マクドーマンドが痛快に演じていた。その先を読めない展開に胸が躍った。そこで彼の最新作『イニシェリン島の精霊』を劇場に見に行った。

今回は全く違った。1923年、内戦下のアイルランドにある小さな島、イニシュリンで起こる男2人の奇妙な関係を描く。前作のように、「戦う女」というまっすぐな線が引かれているわけではない。30代くらいのパードリック(コリン・ファレル)は60歳前後のコルム(ブレンダン・グリーソン)と毎日パブで飲む友人だが、ある時コルムから「おまえとは会いたくない」と言われる。

身に覚えのないパードリックはなんとか近づこうとするが、コルムは「残りの人生を意義あるものにしたい」とバイオリンで作曲に励む。それでも近づくパードリックに対して、自らを傷つけてまで頑固に拒む。意味はわからないが、コルムの意志は固く、だんだん深刻な世界へ向かってゆく。

前作との共通点は、先が読めないことと、すべての登場人物に味わいがあること。パードリックは真面目なだけでなく、酔うと何をするかわからない怖さを持ち、コルムは宗教的なほどに強い意志を持つ。警察署長やパブの主人の田舎顔はみるだけでおかしいし、警察署長のバカ息子(バリー・コーガン!)もわけがわからない。

時々姿を現して予言めいたことを言う老婆も怖いし、勝手に人の手紙を開けて読む郵便局の女もとんでもない。この救いのない世界で唯一まともなのがパードリックの妹のシボーン(ケリー・コンドン)で何とかパードリックの理性を保たせる。彼女が解決をもたらすかと思うが、結局、島に絶望して出てゆこうとする。

時おりラジオから流れるアイルランドの内戦の知らせ。「昔はイギリス人が悪いと言えばすんだが、今はわけがわからない」と島民は言う。荒涼とした島には草木も少なく、孤独なパドリックはロバを頼り、コルムは犬を連れ歩く。ロバや犬の動きさえ象徴的に見える。

見終わって、これはイングマル・ベルイマンやカール・ドライヤーの映画のような、象徴的、宗教的、神話的な世界を再現したかったのだろうと思い当たる。見ていてなかなかうならせる映画で若い時なら好きだったと思うが、今はその人工的世界にそれほど惹かれない。一見の価値は十分にあるけれど。

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