『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』を見る
#MeToo運動の発端を作ったアメリカのプロデューサー、ハーヴェイ・ワインシュタインの連続セクハラ事件の告発を追った『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』を劇場で見た。監督のマリア・シュラダーは無名だが、今、映画館で見ておくべき映画だと思った。
セクハラに関しては、自分の中でもどこか後ろめたい記憶がある。少なくとも会社員時代の酔ったうえでの言動は、今なら完全にアウトだ。そして今は大学の教師なので、セクハラの可能性はどこにでもある。そんなこともあって、ワインスタインはどうだったのかという興味もあった。
映画は1992年のアイルランドから始まる。映画の現場に入ったばかりの嬉しそうな若い女性が写る。それから映画は一挙に2016年のニューヨーク・タイムズの編集局に飛ぶ。どういうことかと思ったら、ワインスタインは90年代から制作の現場に来た若い女性に手を出していたのだった。
イタリアの女優・監督、アーシア・アルジェントがカンヌのホテルでワインスタインにレイプされたと発表したことが記憶にあったので、自分が製作する映画に出る(あるいは出そうな)女優に手を出していたのかと思っていたが、何と自分の会社の女性社員を次々に襲っていたのだった。
アメリカばかりでなく、ロンドンや香港やベネチアなど海外の方が被害が多かった。確かにホテルにいるので仕事だと言って社員を部屋に呼びつけることも簡単だ。女性たちはもちろん何度も断っている。最後まで断って仕事をなくした女性もいたが、多くは部分的にでも要求を受け入れた。
映画自体はその再現ではなく、事件を追うニューヨーク・タイムズの2人の女性記者の取材を中心に描く。ミーガン(キャリー・マリガン)は子供を産んだばかりだし、ジュディ(ゾーイ・カザン)には2人の子供がいたが、彼女たちは育児の合間を縫って、被害者たちに会いに行く。場合によてはロンドンまで。
最初はみんな口を閉ざす。2人の記者は無理には押さないが、だんだんと相手は話し出す。みんな実名なしのオフレコだが、実際に記事を書いている段階で名前を出してもいいという連絡が次々と入る。ワインスタインは弁護士を使って守秘義務付きの示談で大金を払っていたが、なかには守秘義務のない従業員もいた。
記者たちは過去の弁護士たちにも会いに行く。映画は彼女たちが膨大な人々の言葉を繋ぎ合わせて、ワインスタインの犯罪の事実を組み立ててゆく過程を巧みに見せる。終盤、ワインスタインが出てくる。記事を準備中のニューヨーク・タイムズの編集局に抗議に行くのだが、後ろから見るとそっくり。しかし最後まで顔はうつらなかった。
『ペンタゴン・ペーパーズ』のように調査報道を描いたほかの映画でもっといいものはあるが、微妙な問題をバランスよくかつ多くの配慮をしながら最後まで飽きさせない構成になっていると思った。2人の記者がよかったし(特にキャリー・マリガン)、彼らを応援する編集局長などの冷静な幹部も頼もしかった。少なくとも日本の新聞社ではあんな「いい上司」は珍しいが。
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コメント
全キャストが素晴らしかったですねと言いたくなる映画でした。
<少なくとも日本の新聞社ではあんな「いい上司」は珍しい
かもしれませんね...
投稿: onscreen | 2023年1月21日 (土) 10時02分