映連発表からゴダールを思い出す
毎年、1月末には日本映画製作者連盟が前年の1年間の興行収入(=興収)を発表する。今年は昨日発表されたが、全体の興収は2131億円で前年から3割増しという。これはこの20年間の平均より上なので、映画界はほぼ復調したと言ってよい。
問題は中身で興収100億円超えの4本のうち3本が日本のアニメということ。唯一の実写は『トップガン・マーヴェリック』で、アニメは『ワンピース』『呪術廻船』『すずめの戸締まり』の順番。映連のHPには興収10億円を超えた邦画26本が並んでいるが(半分はアニメ)、私が観たのは3位『すずめの戸締まり』(興収131億円)、6位の『シン・ウルトラマン』(42億円)、23位『死刑にいたる病』(11億円)の3本のみ。
去年は個人的に忙しかったので100本強しかスクリーンで見ていないが、それでも週に2本を見ている私の選択はそれほどまでに世間の関心と離れてしまったのかと愕然とする。これはもちろんコロナ禍で高齢者が映画館に行かなくなったこととも関係がある。
ユーロスペースやイメージフォーラムなどのアート系の映画館に行けば歴然だが、明らかに高齢者が減って若者が増えている。ある意味でいいことだが、もうすぐスポーツや演劇やコンサートの人数制限が撤廃されたら、この若者たちはそっちに行くのではないか。
もはや多くの人にとっての映画は、私が長い間好きだったものとは全く別物になった気がする。そんなことを考えながら、昨年9月に亡くなったゴダールへの追悼文で「日経」の古賀重樹記者が引用していた彼の言葉を思い出した。
2002年に来日した時の言葉で「私がヌーベルバーグに属していたころ、私たちは何かを始めていると信じていた。しかし40年たって振り返ってわかった。あの時代には何かが終わろうとしていたのだ」。そしてゴダールの話をこうまとめている。「映画は1930年代から50年代にかけて栄光の時代を迎えたこと。その後、長い衰退期を経て、ほぼ消滅するか、テレビやコンピューターのために別のものになったこと」
映画は今や「テレビやコンピューターのために別のものになった」と考えると、納得がいく。アニメはもちろんのこと、『シン・ウルトラマン』や『死刑にいたる病』さえも、もはやかつての意味でのまともな映画とは言いがたい。ジャン・ルノワールの『ゲームの規則』や小津安二郎の『東京物語』とは全く「別のもの」としか言いようがない。
1990年頃、たぶん『カイエ・デュ・シネマ』誌でゴダールと対談した哲学者のフィリップ・ソレルスは「もう映画は見ない。今の映画は「反応」を求めているだけで、ちっとも思考がないから」と述べていた。なぜかそれをふと思い出した。こんなことを書きながらも、私はまた映画館に映画を見に行くだろう。もはや「習性」となったから。
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