本を売る:その(4)
200冊強の本と美術展カタログを売ったことで、日常の何かが変わった気がする。まず、売る前に持っている本やカタログの多くを手に取って確認した。大半は買ったりもらったりした後に一度も手に触れていなかったから、こんな内容なんだと改めて驚いた本も多かった。
今回古本屋さんと電話で話した時は「100冊ほど売ります」と言ったので、最初は100冊揃えないとまずいと慌てていた。わざわざやってきて、50冊では申しわけない。前日から本を集め始めたらすぐに100冊になり、当日彼が来るまでに200冊を超えた。
選ぶ基準は「これから一生読まない」「今後役に立つ可能性がない」「どんな図書館にもありそう」「愛着が全くない」など。今回一度も読んでいない分厚い哲学書を20冊ほど処分したが、大学生の時に一生懸命に読んで下線を引いている本などは残した。自分が企画したわけではないが、割り振られた担当者として関わった展覧会のカタログなども、やはり思い出はあるので売らなかった。
あるいは短い記者時代に記事を書いた展覧会も残した。その時に話を聞いた学芸員の顔などが浮かぶととても売れない。あるいはフランス人の知り合いからもらった写真集や画集なども残した。これらの「思い出の品」はたぶん4年後に大学を辞める時にはかなり減らすだろう。あるいはエルスケンやクーデルカや中山岩太などの写真展カタログは今回手に取って魅力を感じたので残した。
今回売らなかった本にフランス語の本があった。ポンピドゥー・センターやルーヴル美術館のカタログは行くたびにもらったものだが、何冊もある。あるいは卒業論文で取り上げたアントナン・アルトーの全集とか、その頃興味があったレーモン・ルーセルの著作集とか。
それらは神田のフランス語専門の古本屋に売ろうと思うが、文庫本をいれたら100冊はある。先日それを3枚の写真を撮ったので、まずそれを古本屋に送ってから反応を見ようと考えている。
こんなことをしていると、大学に行っても自分の本棚をよく見ている。大学には基本的に映画関係の本とDVDしか置いていない。200冊を売ったので冊数が目分量でわかるが、ざっと2000冊はある。フランス語の本だけでも100冊ほど、英語の本が50冊ほど。あるいは雑誌「カイエ・デュ・シネマ」が何百冊も。
先日、200人強の学期末試験の採点をした。全部で3時間かかったが、10枚ほど読むと飽きてくる。その時には本棚を眺めて「これはいらない」などと考えると気分転換になった。時々位置を入れ替えたり、いらない本の棚を作ったり。本を眺めるのは、無限に楽しい。
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