『すべてうまくいきますように』に動揺
フランソワ・オゾン監督の『すべてうまくいきますように』を劇場で見た。試写で見ようと思ったが、大学の仕事が立て込んで無理だった。私が大学生の時に『ラ・ブーム』で一世を風靡したあのソフィー・マルソーがもはや50歳半ばで、父親役のアンドレ・デュソリエを介護する話をオゾンが撮ったというだけで、ぜひ見たいと思った。
ところが見るとそれだけではなく、いくつもの点で私は見ながら動揺した。一つは4年前に亡くなった母のことや90歳を超えた義母のことを思い出したから。次に驚いたのがソフィー・マルソーとアンドレ・デュソリエ以外にも有名な俳優が次々と脇役で出てきたこと、一番のびっくりは、物語自体が私の知っているフランス人男女の話だったことだ。
自分は介護らしいことをほとんどしていないが、それでも5年間ほど年に何度か福岡の実家近くの施設や病院にいた母に会いに行った。映画を見ながら、少しずつ弱ってゆく母と話したことや姉たちを始めとして病室の隣人、医者、看護師との会話を思い出したので、見ていて現実そのものという気がした。
次にソフィー・マルソーが何とも自然でいい感じの俳優になっているのに驚いた。朝起きた時のTシャツ姿に乳首が感じられたりするのは監督のいたずらだろうが、全体にどこかセクシーな感じを漂わせていて、誕生日のディナーではまるで昔を思い出させるほど可愛らしい表情を見せた。
その父親役のアンドレ・デュソリエはアラン・レネの映画で記憶に残っているが、快活だが自分の意志や好みを貫く感じがよく出ていた。そのうえ、口のあたりが少し垂れてボケた様子もあった。彼が死ぬ前に孫のコンサートに行きたいと言ったり、レストランの給仕係や救急車の運転手にお気に入りを見つけるあたりもおかしい。
見る前はその2人しか頭になかったが、ソフィー・マルソー演じるエマニュエルの母役でシャルロット・ランプリングが出てきて驚いた。彼女は彫刻家で鬱病で夫とは別居していた。その孤独で凛とした立ち姿と視線は強烈な印象を残す。もはや彼女にしかできない役柄でこの映画を強固にしていた。
さらにスイスで安楽死を支援する団体の女性役としてドイツのハンナ・シグラが出て来た時、眩暈がしそうに驚いた。ファスビンダーを始めとしてゴダールやマルコ・フェレッリなど数々の作家映画に出てきただけに、抜群の風格と安定感があった。そういえば、病室の隣人役で監督のジャック・ノロが出ていたのもびっくり。ノロ監督とはある食事会で長時間話した。
もっと驚いたのはエマニュエルの姓がベルンエイムとわかったこと。なんだあの有名な女性作家のことかと思ったら、エマニュエルの相手が映画博物館に勤めるセルジュだったことで合点がいった。エマニュエル・ベルンエイムは元シネマテーク・フランセーズ館長のセルジュ・トゥビアナのパートナーで、この2人とは東京で一緒に夕食をしたことがあった。
見終わってこの映画の原作がエマニュエル・ベルンエイムのものだと知った。彼らとは蓮實重彦氏と一緒に東京タワーの下の豆腐料理の店に行ったが、本物のエマニュエルの知的で優雅な佇まいを思い出しているうちに映画は終わってしまった。映画自体は抜群におもしろかったので、それについては後日(たぶん)書く。
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