『ベネデッタ』の痛快さ
ポール・ヴァーホーベン監督は『トータル・リコール』や『氷の微笑』などのハリウッドの大作を作る監督だと思っていたが、『エル ELLE』(2016)を見て驚いた。バイオレンスとエロティシズムを交えたサスペンスたっぷりの娯楽作品でありながら、同時に極めて繊細に現代の女性の感情を描いていた。
本日公開の『ベネデッタ』をオンライン試写で見た。17世紀が舞台で実在の修道女を描くというのでどうなるかと思ったが、やはりエロチックなシーンをたっぷり挟みながらもサスペンスたっぷりに二転三転するドラマを見せてくれた。そのうえ女性同士の恋愛は出てくるは、男性中心の支配構造も見えるはで、何とも現代的である。
物語は8歳のベネデッタが修道院に入るところから、実に軽快に始まる。修道院長フェリシタを演じるのはシャルロット・ランプリングで、ベネデッタの父親に対してお金の交渉をするシーンなど最初からおかしい。主人公はベネデッタなのだが、この修道院長が敵に見えたり味方に見えたりで最後まで盛り上げる。
それから18年後、ベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)はベテランの修道女だが、そこに貧乏な娘バルトロメアが入ってくる。彼女は夜中に「ウンチしたい」などと言い出す。ベネデッタは小さい頃からキリストの夢を見ていた。ある時、十字架に磔になったキリストに近づいて、同じように手や足から血を流す。
司祭はそれを奇蹟と見なして、即座にベネデッタを修道院長に任命し、フェリシタを解任する。そこから数々のドラマが展開する。バルトロメアは大きな修道院長室のベッドでベネデッタを誘惑して虜にするし、フェリシタの娘は司祭に奇蹟がインチキであることを告げる。そしてフェリシタはある行動に出る。
ペストが流行し始めた時代で、この混乱のドラマの背景に明らかにこの病気の影がある。それがまるで現代のコロナ禍を思わせるようなところも実にうまい。そして最後のベネデッタとフェリシタの対決と和解はすさまじく、そしてカッコいい。それと対照的に司祭やフィレンツェの教皇大使(ランベール・ウィルソン!)らの権力者の男性たちの愚かさがあらわになってゆく。
いやはや血沸き肉躍る歴史大作でありながら、実にジェンダー意識の高い映画だった。アート系映画館での公開だが、シネコンでやっても十分にいける映画だろう。必見。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 東京国際映画祭はよくなったのか:その(6)(2025.11.11)
- 東京国際映画祭はよくなったのか:その(5)(2025.11.07)
- 東京国際映画祭はよくなったのか:その(4)(2025.11.05)
- 東京国際映画祭はよくなったのか:その(3)(2025.11.03)


コメント