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2023年2月 3日 (金)

贅沢な日々:その(2)

私が働き始めた80年代後半のバブル期に贅沢三昧をした根拠が村上龍の言葉だったとすると、それ以前の学生の頃に生活の方針としていたのは加藤周一の言葉だった。それは「知識人は衣食住に金をかけ過ぎてはいけない」という内容だったと思う。学生の頃、私は大学のフランス語の先生になりたいと思っていた。

九州のどこか田舎の大学で一般教養としてのフランス語を教え、たまに地元の新聞に映画評や文芸評を描くような「地方の知識人」になれたらと考えていた。そのためには衣食住にお金をかけずに、代わりに本を買うことだと信じていた。

だから大学4年生で1年間パリに留学した時は、食費を削っても膨大な本を買って船便で日本に送った。その多くはいまだに読んでいないけれども、当時は将来すべて読むと思って買っていた。

それが大学院をわずか1年で中退して勤め始めてから、あれよあれよと変わっていった。1992年夏に研修でパリに3カ月行った時に泊まった各地のホテルは前回書いたが、パリでは「トゥール・ダルジャン」「ランブロワジー」「ジャック・カーニャ」などの当時ミシュラン3つ星の店を回った。

そして新聞社に移ると、その贅沢はもっと派手になった。パリのホテルでよく泊まったのは「ロテル」L'hotel、つまり「ザ・ホテル」という名の6区の高級プチホテルだった。塔の形をして螺旋階段が中央にあって部屋がぐるりとその周りにあるホテルで、映画でも見たことがある。オスカー・ワイルドが死んだとか、ロバート・デニーロが泊まったとか聞いた。近くの「ルレ・クリスチーヌ」も好きだった。

そのほか覚えているホテルは、シチリア島のパレルモにある「ヴィラ・イジェア」やタオルミーナの「サン・ドメニコ」。後者はアントニオーニの『情事』やリュック・ベッソンの『グラン・ブルー』に出てくる。『甘い生活』に出てくるローマのベネト通りにある「エクセルシオール」に泊まったこともあった。

一番記憶にあるレストランは、トリノで一番のレストラン「カンビオ」。イタリアで「チェノーネ」と呼ばれる大晦日だった。21時からだが実際に食事が始まったのは22時で、24時にメインが終わった頃に「ブオナンノ」(いいお年を)とスパークリングで店中で乾杯をした。バローロなどの高級ワインが飲み放題だった。

当時は服もよく海外で買った。パリに着くと常連の店に顔を出してスーツを作り、パンツの裾などを数日後に帰るまでに仕上げてもらった。2001年の「イタリア年」の頃は、全身イタリア製を着こんでいたから今思うとバカみたい。とにかくお金も時間も浪費した日々だった。

2016年にパリで半年過ごした時は、高級レストランには行くこともなく食事はいつも質素で服は一着も買わなかった。最後に海外に行ったのは2019年9月だが、いまやコロナ禍が収まっても外国に行く気さえも起こらないくらいになった。

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