私の左右問題
最近はあまり使わないが「南北問題」という表現がある。先進国の集中する北半球と発展途上国の多い南半球の経済格差を指す言葉だと思うが、私には「左右問題」がある。自分の体の左右に差がある気がするのだ。
先日、珍しくセレクト・ショップでジャケットを買った。時間をつぶす必要があってお店に入ったら、セール中で乗せられるがままに買ってしまった。日頃は行かないそういう高級店では、ジャケットやスーツの上着にボタンが付いていない。まず腕の長さを計ってジャケットがピッタリかを見て、さらにボタンの種類や付け方を選ぶ。
私の腕の長さを巻尺ではかったお店の人は、「右手が1㎝ほど長いですねえ。左右が1㎝違うと少し目立つので、右側を5㎜だけ長くしましょうか?」。私は言われた通りに従ったが、考えてみたら10年以上前に5㎜長いと言われたことがあった。今では1㎝も違うとは。店の人の話だと利き腕が少し長いのはよくあるという。
理由は簡単で右側ばかり使うから。実は10年ほど前に五十肩になった(ここに書いた)。両方の肩が上がらなくなったが、特に左側がひどかった。友人に勧められたマッサージに行くと、「重い物を運ぶ場合はとにかくリュックを使ってください」と言われた。
私は長年トートバッグを使っていた。パソコンや本を一杯押し込んで右肩にかけて歩いた。ある時右腕が少し長いと言われてからは、それを時々左肩に代えた。日頃の生活では右腕を使うことが多いから、バッグはむしろ左肩にかけるようになった。記者時代はこれに1眼レフのカメラまで入れたからずいぶん重くなった。
五十肩になったのは、このトートバッグの詰め込みが原因なのは間違いない。そこでリュックに代えたが、すると負担が腰に来てギックリ腰になった。要するに重過ぎる物はもう持ってはいけない年なのだ。最近は新聞運びも折り畳み式のカートを使うようにしている。
なぜかコロナ禍が始まってテレビ体操を始めた。すると気になるのは左右の非対称だった。なんでも右側を中心に動かそうとする。そこでできるだけ左右平等にと考えた。日常生活でも、料理やあと片付け、掃除などで、左右平等を心がけてみた。包丁を左手で切るのはかなり難しいが、鍋や皿を持ったり動かしたりはできる。
下着をつけるにも靴を履くにも歯を磨くにも、左右平等を心がける。まるで男女平等の実現のようで、圧倒的な右の支配を崩すのはまだまだ時間がかかりそうだ。
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