『カイエ・デュ・シネマ』購読を止めるか
私はフランスの月刊映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』を長年、定期購読している。いつからか忘れたが、たぶん新聞社に転職する直前くらいからなので30年は読んでいることになる。それを止めようかと考えている。
1990年頃はバブル期特有の雰囲気もあって、いろいろな雑誌を定期購読していた。日本の雑誌だと今はなき『イメージ・フォーラム』や『キネマ旬報』も数年は契約していたと思う。フランスの雑誌だと週刊の『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』と『ルモンド』週刊版。
大学に移った時にも『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』と『カイエ・デュ・シネマ』は継続していた。週刊の『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』は読むひまがなくて数年後に止めたが、『カイエ・デュ・シネマ』は続けていた。
この雑誌はヌーヴェルヴァーグの監督たちを生んだいわば「聖典」で、昔は届くとしっかり読んでいた。ところがだんだん目を通すくらいになった。一時期、大学の個人研究費で購読料を払っていたこともあり、送付先を大学に変えてからはいよいよ読まなくなった。
普通だと大学で教えるとこういう外国の情報をきちんと集めると思うが、大学で教える内容と『カイエ・デュ・シネマ』はほぼ関係がない。むしろこの雑誌は情報収集の観点で新聞社時代の方が役にたった。「そうか、ルノワール生誕百年でこんなイベントがあったのなら日本でもやろう」とか。
去年の9月にジャン=リュック・ゴダールが亡くなった。フランス人の友人が『カイエ・デュ・シネマ』の特集号が抜群なので送ろうかと言ってきたので、「定期購読しているから大丈夫」と答えた。ところが待てど暮らせど来ない。調べてみたら去年の春頃から来ていないのに気がついた。これは抗議しないといけないと思って数カ月が過ぎた。
先月半ばに会員宛てのメールでこの出版社が出している映画本の紹介があった。そこですかさず「雑誌がもう半年も来ていない」と返事を書いたら「それは定期購読係宛てにメールを書いてください」と来た。どうして内部で転送しないのかと思って腹が立った。
それから2週間ほどして年間購読の更新の手紙が来た。「1年近く送られて来ていないのに更新はできない」とメールを書くと「いつの号から受け取っていないか」と来た。調べたら4月から来ていない。「来ていない号をすべて送れ」と指示した。
送り方は滅茶苦茶だった。なぜか5冊はまとめて送ってきたが、住所と大学名のみで私の名前がないために学内をさまよった。あとの号はすべて別々に送られてきたが、まだ2冊足りない。また抗議のメールを送ったが、定期購読係(名前を書かない)は1度も謝らなかった。
半年以上来なくても別に必要を感じないのだから、これを機会に止めようと思う。神様のゴダールも死んだので「聖典」を読む必要もない。何より、置く場所がないので大量に本を売ったばかりだし。
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