『戦争は女の顔をしていない』に愕然
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ著『戦争は女の顔をしていない』を今頃になって読んだ。彼女は2015年にノーベル文学賞を取っており、これは彼女が1984年に出した最初の作品だが、ペレストロイカの進行もあって改訂版が出されて2008年に邦訳が出た。
ノーベル賞を取って直後の2016年2月に岩波現代文庫版が出ている。私が買ったのは2022年5月の第17刷だが、その理由は今年の正月の「朝日」一面で彼女のインタビューがあったから。彼女はロシアのウクライナ侵攻を「人から獣がはい出した」と表現した。
人間からそろりと猛獣が出てきて、野蛮な行為を続ける。このイメージがずっと頭にあって、近所の「かもめブックス」でこの本を見つけて買った。これは彼女が独ソ戦に参加した女性たちのインタビューをまとめたものだが、何とも凄まじく唖然とした。
まず、知らないことだらけだった。プーチンが第二次世界大戦でドイツに勝ったことを「祖国大戦争」と呼んでいるのをニュースで見て何と大げさなと思っていたが、この本を読めば彼らにとっていかに大きな戦争だったかがわかる。
第二次世界大戦のイメージは、日本だと中国に侵略してハワイを攻撃した後に、だんだん巻き返されて原爆を落とされて終わり。フランスだとドイツに占領されてレジスタンスで戦って英米の応援で巻き戻す。イタリアだと休戦条約を結んだ後にドイツが攻めてきて、パルチザンは英米の協力で追い出す。欧州全体だとユダヤ人の強制収容所で大虐殺が起きた。
そこに独ソ戦のイメージは欠落している。ところがここでの民間人を含む犠牲者数はドイツが1000万人、ソ連が2500万人から3000万人と第二次世界大戦で一番多い。原爆を落とされた日本の犠牲者は300万人前後。ドイツはウクライナなどを超えてモスクワの直前まで攻めていたのをソ連は巻き返した。その成功体験が「大祖国戦争」という呼び名に現れているのだろう。
あるいはウクライナでロシアに反発する人々をプーチンが「ネオナチ」と呼ぶのもかつてのドイツのイメージである。そして犠牲者の中に女性は100万人。この本は戦争に参加して生き残った女性たちの生の声を丹念に拾っている。
看護師や医師や食事係でなく、狙撃手など実際の戦闘に女性が参加したのはソ連だけではないか。その多くは祖国を守りたいと志願して、最初は相手にされなくても何とか自分で戦地に行って参加している。スターリンに電報を打って直訴して軍隊に入った女性もいる。
ところが戦争に勝利して勲章をつけて帰ってくると、多くは戦争中に何をしたかわからないと結婚もできず、戦争のことを忘れて生きざるをえなかった。戦地で愛しあって子供を作った相手の男が戦死する前に「自分の両親を訪ねてくれ」と言われるが、行くと相手にされない。あるいは戦争の時に愛した男性は戦争が終わったら妻子がいたことがわかった。
そんな恨み節が延々と続く。84年にこの本を出した時は検閲だらけだったのが、ペレストロイカ以降にオリジナルの形で出版できた。この作家は今ではベルリンに事実上亡命している。「大祖国戦争」の悪口を書く彼女はロシアでは生きられないのだろう。
「朝日」のインタビューでは「かつて、ソ連人が自国をドイツから守りました。今のウクライナ人は、かつてのソ連人のように振る舞い、ロシアはヒトラーのようです。ウクライナの破壊された街並みも、第2次世界大戦をほうふつとさせます」と述べている。この本についてはもう一度書くが、現代の必読書である。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 『実録!東映三角マーク宣伝部』を読む(2026.07.13)
- 『映画監督 崔洋一 映画は闘争だ!』を読む:続き(2026.07.03)
- 辻仁成からレーモン・オリヴィエへ(2026.06.17)
- 金子修介『無能助監督日記』を読む(2026.06.05)
- なぜ「映画史」ではなく「映画誌」か(2026.05.26)


コメント