『コンパートメントNo.6』の心地よさ
フィンランドのユホ・クオスマン監督の『コンパートメントNo.6』を劇場で見た。一カ月前に公開された作品だが、最近亡くなられた山根貞男さんが「朝日」に書いたこの映画についての文章が彼の絶筆だと聞いて、見たいと思った。やはりアート系は上映期間が長いのがいい。
一言で言えばロード・ムーヴィーなのだが、最初はあまり魅力的に見えない若い男女が夜行列車で出会い、いつの間にやら仲良くなってゆく。最初は退屈に見えるが途中からだんだんいい感じが出てきて、見ていて心地よくなってくる。
出だしはモスクワで、フィンランドから留学中の女子学生ラウラはパーティに出ているが、落ち着かない。同居している女性教授と恋仲なのだが、教授はみんなの人気者。翌朝、ラウラは列車に乗る。本来は教授と北方のペトログリフ(岩面彫刻)を見に行くはずだったが、彼女の都合が悪くなり一人で行くことに。
予約したコンパートメントNo.6に行くと、そこには同じマルムンスクに行くという粗野な感じの坊主頭の若い男リョーハがいた。酒ばかり飲んで下品な冗談を言って話にならない。ラウラは女車掌に変更を願い出るが、袖の下を渡しても受け取らない。列車はサンクトペテルブルクを経て北に行く。
途中でラウラはフィンランド人を見つけて優しくする。その男はギターを弾いてインテリ風でハンサムなこともあって、リョーハの機嫌は悪くなる。そのフィンランド人の正体が判明したあたりから、ラウラとリョーハは少しずつ近づく。列車が一晩止まる日にリョーハはツテを頼って近くの家での夕食に誘う。そこでは太った中年女性がご馳走をしてくれた。
ようやく列車は目的地に着く。リョーハと別れてラウラはホテルに泊まり、ペトログリフを見に行こうとするが冬にはツアーはなかった。そこで何とかリョーハを探し出して2人は謎の旅に出る。
見ながらどうなるか全く予測がつかない。労働者風のリョーハは実は義理堅く、あらゆる手段を使ってラウラを助けようとする。女車掌も料理をご馳走する中年女性も2人の旅を手伝う漁師たちも、みんなちょっといい感じ。この監督は『オリ・マキの人生で最も幸せな日』もよかったが、今度はさらに自然さが加わっている。
山根貞男さんの映画評は「そのあとあれれ? ペトログリフはどんなふうに出てきたっけ?」で終わる。山根さんらしい茶目っ気のある文章だが、「ちゃんと出てきましたよ、ラウラが歩いたじゃないですか。でも本物かどうか」と答えたい。
そういえば、出てきた時にいかにも頭の悪そうなリョーハは、酔っぱらって、「ファシストに勝ったロシア人は偉い」と言っていたし、ラウラがマルムンスクで勧められた「英雄ツアー」は、ソ連軍がドイツ軍に反撃した場所を回るものだった。ロシア人にとってドイツに勝った「大祖国戦争」はそれほど大きな意味を持っているから、ウクライナ人を「ネオナチ」と言うのだと痛感する。
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