『フェイブルマンズ』に退屈する
スティーヴン・スピルバーグ監督の期待の新作『フェイブルマンズ』を劇場で見た。予告編は何度も見たし、アカデミー賞に作品賞を含む7部門ノミネートでかなり期待していた。ところが2時間31分が私には退屈に思えた。
少年サミーが父母に連れられて映画『地上最大のショウ』を見て感動し、自分でその場面を再現して撮影しようとする話に始まる。そしてその情熱は妹たちや友人たちを使って8㎜でミイラや戦争ものまで撮るようになる。10年後、父の仕事の関係でアリゾナ州からカリフォルニア州に引っ越し、高校を転校しても8㎜映画への情熱は高まる一方だった。
これだけを聞くと、いかにもおもしろそうだ。スピルバーグ監督が自らの少年時代の映画へのあこがれを語るのだから。ところがここにいろいろな要素が混じってくる。この家族はユダヤ人で独特の習慣を持つが、とりわけカリフォルニアでは馬鹿にされる。ミシェル・ウィリアムズ演じる母はピアニストで芸術家肌だが、精神的に不安定。
父(ポール・ダノ)はコンピューター時代を予見する優秀な技術者で、彼がIBMに転職するために一家は行きたくないカリフォルニアへ行く。彼には親友ベニーがいて彼ほど優秀ではなくアリゾナに留まるが、母はそれを惜しむ。さらに父母それぞれの個性的な母がいて、さらにヘンな叔父さんまで一度やってくる。サミーはカリフォルニアでいじめにあうが、ようやく彼を気に入る娘と出会う。
問題はそれらの登場人物が相互に絡み合わないことで、終盤に出てくるロマンスさえもいま一つピンと来ない。最後に彼は卒業式で流す映像を撮影する。だが、それを見た友人が怒ったり喜んだりするのもいま一つ締まりがない。見ている楽しみが一つも成就せずに、薄められていく感じで映画は終わる。
たぶん、スピルバーグの人生に実際に起こった事実をできるだけ詰め込んだのだろう。両親の不和や妹たちとの関係など彼のこれまでの映画を思わせる要素は確かに出てくる。しかし今回はそれがすべてバラバラで絡み合っていない。シナリオの出来の悪さは同じ監督の『ミュンヘン』と双璧だと思ったら、共同脚本は同じトニー・クシュナーだった。
この映画は新聞各紙の映画評では絶賛だった。『別れる決心』もそうだが、だんだんみんなと意見が合わなくなってきているかも。新聞評と言えば、この映画の終盤で最も驚く瞬間がどこにも書かれていない。間違いなく「ネタバレ」として映画会社が禁じたのだろうが、これを書かないと意味がないので書く。
大学生になり、映画業界に仕事がないかとたくさんの手紙を書いたサミーに、やっとテレビ局のCBSから返事が来る。会いに行くと急に「大監督を紹介しよう」と言われて行くと、そこにジョン・フォードがやってきた。本当にそっくり過ぎて、映画全体の中でも浮いているくらい。そしてそれが次につながらない。
さてジョン・フォードを演じたのは誰か、私は終わってクレジットを見るまでわからなかった。完全なそっくりさんを確信犯のように演じたのは実は有名な監督だが、その名はここでは伏せておく(ネットを見ればすぐわかる)。この妙な作りもののようなジョン・フォードだけでも、この映画を見る価値は十分にある。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『ドールハウス』のバカバカしさ(2025.06.23)
- 今さら映画の入門書?:その(2)(2025.06.17)
- 家庭用の紙フィルムとは(2025.06.21)
コメント
<そしてそれが次につながらない
最後のカットが背景にクローズアップされ、ホリゾンタルになることで見事なエンディングだと思いましたが...
投稿: onscreen | 2023年3月12日 (日) 09時35分