『独裁者たちのとき』は今年一番の怪作
4月22日公開のアレクサンドル・ソクーロフ監督『独裁者たちのとき』を試写で見た。チャーチル、スターリン、ムッソリーニ、ヒトラーが天国の門を前に語り合うという内容で、今年一番の怪作ではないか。そして今のロシアを考えると妙にリアリティーがある。
4人の姿はアーカイブ映像から持ってきたもので、その動きも含めてすべて本物である。しかし彼らが歩き回る煉獄は18世紀イタリアのピラネージほかの版画を組み合わせ、CG加工したもの。つまり、人物を切り抜いて監督のイメージする背景を歩かせている。だから一見、チャーチルとヒトラーが話しているように見えても、単に組み合わせただけ。
唯一、ヒトラーとムッソリーニが実際に親しく話す映像は残っているので本物だろう。ここで注目すべきはそれぞれが自分の言葉を話すこと。ヒトラーはドイツ語を、チャーチルは英語を、スターリンはロシア語を、ムッソリーニはイタリア語を話し続ける。映画を見ながら言葉のトーンの違いを感じることになる。
それらのアーカイブ映像は、ロシアのゴスフィルムフォンド、ブリティッシュ・パテ、AP、英国戦争博物館から来ているという。さらにキリストが出てくるがもちろんこれはCGで、天国から来てフランス語を話すナポレオンは自作の『フランコフォニア』で使った映像というから絵画から作ったものだろう。
この6人がみんな勝手なことばかり言うが、それがとにかくおかしい。まず遺体のスターリンが「ブーツがきつい」と目を覚ます。隣にはキリストがいて、「私はみんなと列に並んで審判を待つ」と言う。そこにチャーチルが現れてスターリンに「臭い」という。
ムッソリーニやヒトラーも合流して天国の門の前に立つと、チャーチルは「少し待て」と言われる。ムッソリーニは「お前は地獄に送られる」、ヒトラーには無言で門が閉ざされ、スターリンは「もっと後だ」と言われる。それから4人の会話が始まる。
ナポレオンは天国の門から出た後に、回転木馬に乗って現れる。ヒトラーはそこに爆弾を投げつけて木馬は燃え上がる。するとそこに死体の山が現れて、ムッソリーニは自分と愛人の死体を見る。途中から4人の違う服を着た分身が何人も現れて、分身たちは「兄弟よ」と言いながら語りあっている。同じ画面にヒトラーが何人も現れるのは本当に気持ち悪い。
中盤から群衆が現れ、壮大な音楽が流れる。群衆の映像は歪められ、個人の顔はよく見えない。ヒトラーはワグナーの姪と結婚したかったと嘆き、チャーチルは奥さんのエヴァの方がいいじゃないかと慰める。
この怪作を見て思ったのは、ソクーロフは20世紀の悪魔たちにまだ悩まされているということ。もちろんそこからプーチンが見えてくるのかもしれないが、それにしても第二次世界大戦がいまだに彼の心に生きていることに驚いた。20世紀は実は独裁者の時代だったのだと改めて思う。そしてそれが今になって復活しつつある。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- イタリア映画祭も数本:続き(2026.05.14)


コメント