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2023年3月18日 (土)

堆肥を捨てる

前に書いたように、2020年の春、ちょうどコロナ禍が始まった頃にコンポストを始めた。たまたま「アエラ」の記事で触れられていて良さそうだったので、そこに書いてあった福岡の会社から年に4回、堆肥に使う基材を買っている。私の場合は半分を専用布バッグに詰めて、1カ月半使う。

1カ月半でだいたい満杯になると、もう1つのバッグに移る。最初のバッグは1カ月半置いて時々混ぜる。そうするとどんどん水分が抜けて軽くなってくる。たまに水を加えて混ぜていると、立派な堆肥ができあがる。

最初の頃はこれに同じ量の買ってきた園芸用の土を混ぜて、ハーブやミニトマトを育てていた。野菜や果物の残り、肉や魚の骨などからできた堆肥は栄養満点でよく育つ。しかしこれも1年たつと5、6個の植木鉢が埋まってしまった。

つまり堆肥が余るようになった。引き取ってくれるところはあるが、送料がもったいないし面倒だ。そこでマンションの庭に植えてある桜の木などのそばに勝手に置くことにした。マンションの管理人に相談すると、なかなか通じない。そこで管理人の信頼の厚い知人のOさんの名前を出して「彼もいいことだと言っていました」と言うと「了解です」。

200戸近いマンションなので、庭の部分も広い。大きな桜の木だけで10本はあり、さまざまな植栽もある。そこに一カ月半に1度、堆肥を入れたバッグを持って向かう。勝手にやっているので、住民に「何をしているのですか?」と聞かれたら説明が面倒だ。

だから土日の朝7時とか8時、つまり誰もいない時間を見計らって、置きに行く。まるで悪いことをしているようだが、桜などのために悪いはずがないと信じてこっそり実行している。だいたい5、6分で撒き終わるので、誰にも気づかれない。

私が堆肥を撒いたところは、「跡」が残る。小さくなった卵の殻とか、鳥や魚の骨の部分とか、真っ黒になった野菜くずとか。私の生活の跡である。自分ではわかるが、たぶん普通の人はわからないだろう。

あさりなどの貝殻は堆肥には入れてはいけない。たぶん変化しないからだろう。「貝塚」というくらいだから、貝殻は何年たっても変わらないのかもしれない。貝殻は「燃えるゴミ」に出すが、本当に燃えるのだろうか。人間の骨よりも長持ちするのか。

紙ゴミの大半はリサイクルに出すので、「燃えるゴミ」がほとんどなくなった。いつの間にか、エコおじさんになっている。

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