木米に驚く
かつて20年以上美術展の現場にいて『美術展の不都合な真実』という本まで書いたのに、「木米」の名前は全く知らなかった。これを「もくべい」と読むことも。サントリー美術館で3月29日まで開催の「没後190年 木米」展のポスターを見て、何だろうと思った。
そのうえ、「木米がもう、頭から離れない」というキャッチコピーがあって気になった。展覧会HPによると「江戸時代後期の京都を代表する陶工にして画家である文人・木米」は「京都祇園の茶屋「木屋」に生まれ」というのだから、京都の名家出のボンボンのディレッタントな文人のようだ。
4階は陶芸が並ぶ。茶碗、鉢、香合などが並んでいるが、最初は篆刻を学んでいて30代で中国の陶書『陶説』に出会い自ら引き写している。だから彼の陶芸には中国のあらゆるスタイルが混じっている感じ。《飴釉蟹香合》(あめゆうかにこうごう)という蟹のかたちをした香水入れなど目玉がすごい。甲羅を取ると目玉が飛び出すと書かれていて、触ってみたかった。
一番おもしろかったのは煎茶のための道具で、涼炉(=湯を沸かす焜炉)には手前に中国の史実に依拠する人物が彫られていたり、小さな字で詩が書かれていたりする。《白泥蘭亭曲水四十三賢人図一文字炉》は、川に浮かべたお猪口の酒が来ないうちに一首詠まないと酒を飲む罰があるという設定で、手前に小さな賢人が2人いる。
すべては中国の古典から来ており、ちょうどパリ好きの日本人が日本でパリの話をするようなものだったのではないか。いや、木米は中国に行っていないから、本だけで学んで中国に憧れて真似をしていたのだからもっと想像の世界だ。
そして画家の田能村竹田や漢学者の頼山陽や作家の上田秋声などと交流を持ち、多くの手紙が残されている。中国に憧れる文人たちのサロンの中心人物だったようだ。田能村竹田が描いた木米を描く《木米喫茶図》は前期の展示だったが、チラシで拡大したものを見ると何とも飄々とした感じ。
そして彼が描いた山水画もまた中国そのもの。おかしいのは必ずどこかに小さな人間が描かれていることで、大自然のなかで何やら話したり歩いたりしている人間の小さな営みのようなものが伝わってくる。
年表を見ると、67歳まで生きているが最初の妻が亡くなると60歳で再婚して翌年子供まで作っているからずいぶん楽しい人生だったのではないか。最近江戸時代の日本のとんでもない豊かさや余裕を感じることが多い。春の暖かい日に見るにふさわしい展覧会。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 「ロン・ミュエク」展は今年一番の展覧会かも(2026.07.09)
- カール・ヴァルザーとは何者か?(2026.07.01)
- チュルリョーニスの魅惑(2026.06.01)
- あらためて河鍋暁斎に驚く(2026.05.06)
- 観山とは(2026.04.22)


コメント