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2023年4月27日 (木)

「深瀬昌久」展の強烈な私性

東京都写真美術館で「深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ」展を見た。この写真家の名前はよく聞いたが、まとめて見るのは初めて。1934年生まれだからアラーキーより少し上の世代だが、彼以上に全体から強烈な「私性」が感じられた。

チラシやポスターに使われているのは1973年に撮られた「洋子」の写真。路上で踊るような、叫ぶような姿をダイナミックに捉えている。この女性の顔は、一度見たら忘れられない強度を持つ。

展覧会の始めには、1961年の写真に当時つきあっていた別の女性のふくよかな裸が出てくる。どうも妊娠しているようだ。それから1963年からは、翌年結婚する洋子ばかりが出てくる。そのいくつかは上半身裸。洋子とその母が並んで裸で出てくる写真まであるのだからとんでもない。

1960年代後半から70年代前半は、洋子とその周辺をひたすら凝視しているようだ。68年の学生運動がありそれがあさま山荘事件などに向かう政治の時代だが、彼の写真にはその雰囲気はなく、世の中に背を向けて暗い自分の周りを撮り続ける。

伊豆や京都に行っても、観光地は出てこない。ひたすら倦怠感溢れてやけになったような洋子だけが出てくる。ニューヨークに行ってもそれは変わらない。そうしたら解説パネルに「そんな関係が嫌になって1976年に離婚」という内容の文章が書かれていて、やはりそうかと思う。

その後に、北海道の実家での家族集合写真が出てくる。彼の家は「深瀬写真館」だった。1971年の写真では、両親や兄弟や甥たちと共にただ一人上半身裸の洋子が写っている。それから80年代の父と自分の上半身裸の写真。

それからは激しい動きの烏の写真が並び、猫のサスケの写真が出てくる。洋子から解き放たれて、やりたい放題な感じ。さらには「私景」というシリーズは、画面の端に自分が写り込む写真シリーズ。パリやロンドンもあるが、今のスマホの自撮りと全く同じ。そのほか風呂に顔をつけた「ブクブク」シリーズなどもあって、笑ってしまう。徹底して自分とその周りだけを見つめてきた写真家だと思った。

その後に上の階の「セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見」という気取った題の所蔵作品展をみたが、深瀬昌久の強烈な写真の後では何か感じるのは難しい。20人ほど写真家の作品を数点ずつ見せられても、それぞれの個性は見えてこない。深瀬昌久展は6月4日まで。

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