『午前4時にパリの夜は明ける』に泣く:続き
4月21日公開のミカエル・アース監督『午前4時にパリの夜は明ける』は、1980年代パリの物語だ。ここに何度も書いたように、私は1984年3月に初めてパリに行き、その年の7月末から翌年の7月末までパリに住んだ。そして86年には国立映画学校の試験を受けるために7月から10月まで滞在した。87年に就職して、88年夏には10日間遊びに行った。
その後、89年からは毎年1度はパリに出張した。そんなだから、この80年代のミッテラン大統領時代のパリの雰囲気は肌で知っている。政府は文化に金をかけ、何でもできる感じがあった。移民を守れという運動もあった。
主人公のエリザベートが住む14区の高層アパルトマンから旧ホテル・ニッコーが見える風景も80年代らしい。6番線の地下鉄はあの地区は地上を走っているので、高層アパートの連なりやエッフェル塔が見えた。
映画は1984年にタルラがいなくなって、1988年に移る。エリザベートはラジオの仕事に慣れて、時にはパーソナリティを任されることも。同時に昼は図書館で勤めて、そこに来る客の一人と仲良くなった。息子のマチアスは詩を書いて出版社に送りつけては断られ、ジュディットはアパートを借りて住んでいた。
そこに再びタルラがやってくる。どうも再びヤクをやったようで、回復には時間がかかった。タルラはマチアスに『満月の夜』の女優、パスカル・オジェが亡くなったことを教えて、2人でジャック・リヴェットの『北の橋』を見に行く。タルラは映画館「エスキュリエル」で働き始める。エリザベートは引っ越しを決意する。
終りのあたりで、ジャック・リヴェットが地下鉄の中で立っているシーンまで出てくる。おそらくかつてのドキュメンタリー映画から抜いたのだろうが、そもそも映画全体が荒い画面でどこかアーカイブ映像のようでもある。時が過ぎゆき、人は出会い、別れる。この愛おしい時間の流れを、この映画は痛いほど克明に見せてくれる。
あの頃から比べると、パリはずいぶん殺伐としたなあ、と思う。2016年夏に1度だけ出演したラジオ・フランスは、ずいぶんモダンに変わっていた。しかし考えてみたら最後に行ったのは2019年9月だから3年半も行っていない。今度は80年代の痕跡を探してみようかと思った。その前にこの映画をもう一度映画館で見たい。
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