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2023年4月22日 (土)

「ブルターニュ展」を見て

上野の国立西洋美術館で6月18日まで開催の「憧憬の地 ブルターニュ」展を見た。ブルターニュとはフランス西部の地方を指すが、この言葉は妙に気になった。私はブルターニュ地方には、たぶん2度しか行っていない。

1度は1985年春、ブルターニュのパリからの入口にあたるレンヌ市にジョエルさんという10歳くらい上の友人がいて、日本人もう1人と遊びに行った。サン=マロ、モン=サンミッシェル(こちらはノルマンディー地方になるがすぐ隣)などに連れて行ってもらった。ディナンやディナールなどの山間の町にも行った。

2度目は翌年の夏、大学の同級生で今はパリで高校の先生をしているセルジュ君の実家のあるブレスト市に行った。この時は観光はせずに付近をぶらぶらして3、4泊したが、風光明媚で魚がおいしいところだった記憶がある。

その後何かの偶然で美術展の仕事をすることになり、よくブルターニュ地方が取り上げられているのを知った。モネはブレストなどブルターニュの海岸を何枚も描いているし、ゴーギャンを代表とするポン=タヴェン派はまさにポン・タヴェン市に集ったグループである。

私のイメージでは、ブルターニュは日本だと東北か北海道という感じ。イギリスに面しており、ケルト文明という独自の文化がある。イギリスだと同じケルト文化の強いスコットランド地方か。そこにはパリやロンドンとはちょっと違う文化がある。

チラシには「画家たちはフランスの最果てを目指した」とか「フランス、内なる「異教」への旅」と書かれている。この展覧会の冒頭にイギリスのターナーが1829年にナントを描いた水彩があってちょっと驚いた。それからは19世紀半ばから後半にかけて印象派の直前から印象派を経てポスト印象派まで並ぶ。

つまり「内なる異教」の発見は、印象派という風景を外光と共に描く運動と共に始まったのだった。驚くべきは展示作品のほぼすべてが日本各地の美術館から出品されていること(例外はフランスのオルセー美術館のゴーガンなど3点のみ)、さらに黒田清輝や藤田嗣治など日本人画家がブルターニュを描いた絵も多数あったこと。

日本人がパリに憧れて行って、さらに「最果て」のブルターニュまで行っていたとは。展覧会には金山平蔵が集めたり日本に送った絵葉書まで多数展示されており、独特の風景や衣服や習慣に魅了されていたことがよくわかる。

私はブルターニュの南部、カンペール、ポン・タヴェン、ナントあたりには行っていない。「老後」に時間ができたらゆっくり回ってみたいと思ったが、そんな時は来るのだろうか。

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