『日活ロマンポルノ 性の美学と政治学』を読む:その(1)
志村三代子、ヨハン・ノルドストロム、鳩飼未緒編著の『日活ロマンポルノ 性の美学と政治学』を読んだ。1980年代に大学生だった私には、「日活ロマンポルノ」は大きな存在だった。根岸吉太郎や森田芳光といった当時話題の新進監督が実はロマンポルノ出身だったり、神代辰巳監督の映画がゴダールみたいだったりすることはよく語られていた。
とにかく神代辰巳や田中登の監督によるロマンポルノ旧作がかかったら見に行くのは、鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』や『陽炎座』を見るのと同じくらいマストという感じだった。その時のバイブルは最近亡くなられた山根貞男氏の『官能のプログラム・ピクチャーの行方ーロマン・ポルノ論序説』だった。
調べてみたらこの本は1983年に出ている。蓮實重彦の『監督 小津安二郎』や浅田彰『構造と力』と同じ年で私は大学3年生だった。「ロマンポルノ」とは別の「ピンク映画」と呼ばれる日活以外の成人映画からも、黒沢清や周防正行といった監督たちが出ていた。蓮實重彦氏が黒沢清監督『神田川淫乱戦争』や周防正行監督『変態家族 兄貴の嫁さん』などを絶賛すると、慌てて成人映画館へ見に行った。
今回、日活ロマンポルノをめぐる初めての学術研究書を語るのに、なぜどうでもいい昔話を書いたかと言えば、その中に久保豊(金沢大学准教授)による「日活ロマンポルノのハッテン史ー「普通ではない」とされる男たちの勃起」という論文があったから。そこでは成人映画館におけるゲイ男性の行動が書かれていた。
彼はゲイ向けの商業誌『薔薇族』への投稿記事を詳細に分析して、成人映画館がゲイ男性の出会いの場だったことを示している。その中に博多からの投稿者がいて、映画館名を挙げてその「傾向と対策」を述べていることが記されている。そこに触れられた「天神映劇」「センター・シネマ」「ステーション・シネマ」などの名前は福岡の大学生だった私もよく覚えている。
それ以上に、何も知らずに『神田川淫乱戦争』を見に行ってそこでゲイ男性に迫られたことは、忘れない。この本を読んでゲイ男性は立ち見で相手を選んでいることを初めて知った。私が椅子に座ると、立っていた中年のおじさんがするりと横に座ったのは、そういうことだったのか。この映画は3本立てだったが、私は目当ての黒沢作品を見終わると慌てて映画館を後にした。
「特に成人映画館は、観客の性的志向にかかわらず、男性間のハッテンを内包してきた空間であり、島村謙次の出演作をはじめ、日活ロマンポルノ作品や他社のポルノ作品は同性間の性行為を刺激する潤滑剤になっていたことは明白である」
島村謙次はゲイ男性に人気の男優らしいが、この事実をきちんと検証したのは初めてではないか。久保豊の論文では、さらに日活ロマンポルノにおけるゲイ男性の表象を分析している。明らかに異性愛者男性をターゲットにしてきたロマンポルノに同性愛の要素があったなんて、考えたこともなかった。映画研究は新たな段階に来ている。今日はここまで。
宣伝だが、本日公開のダリオ・アルジェントの『ダークグラス』について「論座」に書いた。明日17時まで無料。
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