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2023年5月13日 (土)

オゾン監督『苦い涙』に舌を巻く

6月2日公開のフランソワ・オゾン監督『苦い涙』を試写で見た。この題名を聞けば、映画通ならばドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』を思い出すだろう。あの息詰まる映画をオゾンはどう再現するかと興味津々で見に行ったが、舌を巻くほど巧みに仕上げていた。

オゾンは初期の『焼け石に水』(2000)でファスビンダーの戯曲を映画化しているので、結びつきはあった。しかしこの2人の監督の資質は、室内劇が好きという点を除くとほとんど似ていないように思った。

今回の原題はPeter von Kantでファスビンダーの「苦い涙」はない(ファスビンダーの邦題は原題と同じ)。「苦い涙」のような直接的な表現はオゾンらしくない。それ以上に大きな違いは「ペトラ」が「ピーター」に、つまり主人公の女性が男性に代わったこと。

もともとファスビンダー自身の体験を映画化したもので性別を変えたものだったが、今回はもとに戻った。さらにファッション・デザイナーではなく映画監督にしたことで、ファスビンダーの人生そのものにした。ピーターを演じるドゥニ・メノーシュはファスビンダーを思わせる巨体で顔つきも近い。

ところがピーターはフランス語を話し出す。1972年のケルンが舞台なのに。「えっ、これは違うぞ」と思い始める。彼の住むお洒落なアパートには明らかにイザベル・アジャーニとわかるシドニーの大きなポスターが貼られている。そしてアジャーニがやって来て、当然フランス語で話す。そのうえ、アジャーニはそこにアラブ系の美少年アミールを連れてくる。

アミールもフランス語を話す。ピーターは最初に会った瞬間からアミールにぞっこん。急にカメラを回して、超アップでアミールを映像に収めるシーンなどぞくぞくする。そして9か月後、ピーターはアミールが気まぐれで自分から離れつつあるのを焦る。彼のおかげでスターとして売り出せたのに。

そしてピーターの誕生日。娘がやってきて、母(ハンナ・シグラ!)とアジャーニも来る。ハンナ・シグラはフランス語にドイツ語を交えながら語りドイツ語の子守唄を歌う。アジャーニもドイツ語の歌を歌う。このあたりから虚実を交えたようなオゾン的世界が充満してくる。それにしてもかつてファスビンダーの映画に多く出たハンナ・シグラの存在の大きさといったら。

そんなことを考えていたら終わってしまった。わずか85分。ファスビンダーに最大の敬意を払いながら、いつの間には自分の世界にしてしまうオゾンの才気に脱帽。

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