朝日ホールに戻ったイタリア映画祭:その(3)
今年のイタリア映画祭では3人の男優が目立った。1人はここに書いた『はちどり』と『ノスタルジア』ほか、『あなたのもとに走る』主演のフランチェスコ・ファヴィアーノであり、もう1人は『デルタ』『蟻の王』主演のほか『キアラ』『奇妙なこと』にも出ているルイジ・ロ・カーショでこちらは来日している。
もう1人来日しているのが、『奇妙なこと』主演で『夜のロケーション』にも出ているトニ・セルヴィッロで、こちらは現在のイタリア映画を代表する名優。彼がイタリア文化会館で朗読劇をするというので見に行った。入場は何と無料だが、最初はキャンセル待ちで後で予約ができた。
「ダンテの声」という題名で、ジュゼッペ・モンテサーノという現代作家がダンテの『神曲』について書いたテキストを、トニ・セルヴィッロが淡々と読む。真っ黒のバックに薄暗い照明の中、黒いシャツとパンツで椅子に座って語る。「日和見主義者」とは、愛とは、憎しみとは、生きるとは、闇とは。
時おり読むのをやめて後ろを振り返ったり、手を動かしたり。まるで日記を読むように自然に声を出して読む姿に、ダンテが現代にも十分に通用するような気がしてくる。現代音楽風の音が小さく流れているが、これまたテキストの内容と声にぴったり呼応する。その濃密な空間から立ち上がる言葉の連なりに聞き入ってしまった。
この俳優が劇作家ピランデッロを演じる映画『奇妙なこと』はロベルト・アンドー監督によるもので、ピランデッロが故郷のシチリアに帰るシーンに始まる。そこでアマチュア劇団を見て、舞台と客席の垣根を取り払う『作者を探す六人の登場人物』の着想を得るという流れ。アイデアとしてはおもしろいが、アマチュア劇団があの前衛劇に繋がっているとはあまり思えないのが残念。
今回のイタリア映画祭でマルトーネの『ノスタルジア』と共にいいと思ったのは、エマニュエル・クリアレーゼ監督の『無限の広がり』。ペネロペ・クルス演じる自由奔放なスペイン人の母クララと真面目な会社員の父を持つ少女アドリアーナが主人公で、弟や妹と共にローマに住んでいる。
アドリアーナは自らを男性名のアンドレアと名乗り、男の子のような服装をする。そして宇宙と交信しながら、自分はスター歌手だと妄想を抱く。おかしいのは母のクララにはその妄想が通じることで、彼女は子供3人と歌い踊りながら夕食のテーブルをセットする。美人過ぎる母親を持った少女が男性として母を好きになり、気の短い父親から守ろうとする姿が手に取るようにわかる。
映画祭カタログによれば、クリアレーゼ監督はこの作品が昨年のヴェネツィアでコンペで上映された時に、自分は女性として生まれたことをカミングアウトしたという。つまりこれは彼の物語だったのだ。これは劇場公開できるのではないか。
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