大沢昌助展の不思議な魅力
先日の「朝日」夕刊文化面に紹介されていた一枚の絵が気になって、練馬区立美術館で6月18日まで開催の「生誕120年 大沢昌助展」を見に行った。その絵は廃墟に座る少年が真ん中にいるが、画面の奥の左右に女性が小さく描かれていてどこかルネサンス絵画のような構成だった。
実は大沢昌助という画家の名前は知らなかった。小津安二郎監督と同じ1903年生まれで1997年まで生きている。戦前の作品は多くはないが、セザンヌやピカソ、レジェなどを思わせながらも、どこか宗教画のような構成を感じさせた。これは絶対にフランス留学していると思ったが、違うようだ。
父親の三之助は建築家で、父親が欧州から持ち帰った画集を幼い頃から見ていたという。たぶん20代や30代で2,3年パリに行くよりも、小さい頃に多くの西洋絵画の画集を見て過ごす方が、感覚的に身につくのかもしれない。そのうえ、大沢昌助には同時代のフランス絵画だけではなく、それ以前のルネサンス絵画も感じるから、そのあたりもしっかり頭に焼き付いているのだろう。
だから安易にキュビスムやシュルレアリスムに流れることがない。あくまで日本の風景や自分の家族を写実的に描きながらも、その構成や色彩に実験を潜ませる感じだ。そして驚くべきことに、彼には戦争画がない。というか、1941年の《水浴》と1950年の《真昼》を比べてもそこに時代の影は感じられない。
そして50年代から少しずつ抽象に移ってゆく。それからは絵ごとに自由に形と色を繰り広げる。壁画はマティスの後期の切り絵のようで、身体感覚だけで絵の具を塗っている感じ。94歳まで生きているが、最後の最後まで楽しく描き続けたのではないか。
それを示すのが死の前年に書いた自画像があるが、まさに「明るいおじいさん」だ。赤をバックに白髪でよく焼けた肌、そして青のストライプのTシャツ。マティスのようにあちこちに塗り残しがあるが、それも含めて実に軽快。
ある時代の「流れ」に乗ったわけでもなく、強い個性も出していないのでこれまで話題になることは少なかったのかもしれないが、間違いなく重要な画家だろう。今後、少しずつ美術史に入っていくのではないか。やはり個展は面白い。
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