『小説家の映画』のシンプルな迫力
6月30日公開のホン・サンス監督『小説家の映画』を試写で見た。白黒の映画で数人の人物が会話をするだけのシンプルな映画だが、終盤に向かうにつれてどこからか人生の真実が見えてきて、強烈な迫力を感じてしまった。
ホン・サンスという監督は、一見するといつも同じような俳優が出てきて、酒を飲みながらどうでもいい話をするだけのような映画を作る。しかしこれが妙にありがたみのある瞬間がある。最近はそこに凄みというか、決定的な何かを感じるようになった。
今回は題名からしてすごい。『小説家の映画』とは何事かと思ったが、実際に中年の女性の小説家が女優と会ったのをきっかけに映画を作る話だった。有名な作家のジュニ(イ・ヘヨン)は、小さな町の本屋を訪れる。書店を営む自分より少し若い友人を訪ねるためだった。
それからジュニはその町のタワーに登って、そこで偶然に知り合いの映画監督ヒョジュン(クォン・ヘヒョ)とその妻に会った。彼らは近くの公園を散歩し始めるが、そこに現れたのが女優ギルス(キム・ミニ)。知り合いだった監督はジュニを紹介する。ジュニはギルスのことを知っており、ギルスは彼女の小説を読んでいた。
監督はギルスに「最近映画に出ていないのはもったいない」と言うと、ジュニは「そんなことは本人が決めることだ」と怒り出す。監督は妻に促されてその場を去り、ギルスとジュニは2人で歩き出す。そこにやってきたギルスの甥は大学で映画を勉強していると言う。ジュニは突然、ギルスとその夫を主人公にして甥の撮影で映画を作りたいと言う。
それから5人が集まる宴会があり、そこにはジュニのかつての知り合いの詩人もいた。そして映画は作られる。再会と偶然の出会いが繰り返されて、そこから自然に映画が生まれてゆく。終盤は摩訶不思議な映画の誕生を目撃した思いで胸が詰まった。何というありがたみか。
映画監督も詩人も中年男性たちは自信たっぷりに持論を展開する。しかし小説家も女優もその友人たちも女たちは思い悩み、みんな素直に生きていこうと自分の道を探す。そして最後に男たちはいなくなり、女性たちが静かに輝く。とりわけ小説家が偶然のように作った映画に出てくるギルスの微笑みは宝物のようだ。
かつてこの監督はしばしば思い悩む男性の映画監督を滑稽に描いてきた。ところが最近は女性の生き方を等身大で描くようになった。この作品はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞しているが、その後にすでに2本ができているようだ。固定ショットにときおりズームを使う一見単純な映画なのだが、毎回驚きを見せてくれる。
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