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2023年5月 2日 (火)

『風の影』を読む:続き

スペインの作家、カルロス・ルイス・サフォン著『風の影』については3月末に一度書いたが、文庫で上・下、各400頁強もある小説で読むのに2週間はかかったので、もう少しメモを残しておきたい。前に書いた通り、この本を読んだのはヒット続映中のイタリア映画『丘の上の本屋さん』の冒頭で文章が引用されたから。

基本的な構造としては、1945年、バルセロナで主人公のダニエル少年が父親に連れて行かれた「忘れられた本の墓場」で、フリアン・カラックス著『風の影』を手に入れてその魅力に取りつかれ、フリアンの足跡を追うというもの。そのうちにダニエルは、自分の置かれた立場がフリアンの若い頃にそっくりであることに気がつく。

ダニエルは同級生のトマスの妹のベアトリスを好きになるが、彼女は既に軍人の婚約者がいてその男が除隊したら結婚する予定だった。しかしダニエルと再会して2人は恋に落ちる。トマスも大金持ちのその父も、それを阻止しようとあらゆる手を尽くす。

一方、1920年代、帽子店の息子のフリアンは大財閥リカルド・アルダヤに気に入られ、金持ち向けのカトリック系の学校に通うことになった。そこでリカルドの娘、ペネロペと知り合い、次第に愛しあう。リカルドは怒り狂って2人を引き離そうとするが、彼らはパリへ逃げようとする。結局ペネロペはパリ行きの列車に現れず、フリアンはパリに行って小説家になる。

おもしろいのは、フリアンの物語が彼を知る女たちによって語られることだ。1人はアルダヤ家の乳母であるハシンタであり1950年代は養老院にいた。実はペネロペはリカルドが彼女に産ませた娘であることが終盤に明らかになる。

もう1人は「失われた本の墓場」の管理人イサックの娘で、フリアンの本を出版していたカベスタニーのもとで働いていたヌリア。こちらは死後の手記をダニエルは読む。彼女はパリでフリアンに会い、関係を結ぶ。そしてフリアンについて探しているうちに、彼の母のソフィーがリカルドと関係し、フリアンを生んだことを知る。

つまりフリアンと恋人ペネロペはリカルドが生ませた異母兄妹だったことがわかるのだが、このあたりは日本の新派の悲劇のようだ。そして権力と手を結んでダニエルの活動を阻むのはバルセロナ警察のフメロ刑事部長だが、彼は何とかつてフリアンの同級生だった。彼は1936年に始まるスペイン内戦でフランコ側に付き、その後警察を支配する。

バルセロナはフランコ政権に反対する勢力が最も大きな地域だったので、この小説は実は反フランコの痛ましい戦いを背景にしている。私はバルセロナは1985年と2010年に2度行ったが、この本には最初にバルセロナの地図があってこの小説に出てくる家や本屋の場所が記されている。次に行く時はこの本を飛行機の中で読んで、現地で場所を確かめたい。

 

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