『宗方姉妹』を読む
大佛次郎の『宗方姉妹』が文庫になったので読んだ。先日、神奈川近代文学館に「小津安二郎展」を見に行った時、隣にあった大佛次郎記念館に初めて行った。大佛次郎は名前は知っているが(「朝日」時代に大佛次郎論壇賞の事務局もやった)、何と1冊も読んだことがなかった。
大佛次郎記念館の出口にショップがあり、出たばかりの『宗方姉妹』の文庫が平積みになっていた。田中絹代と高峰秀子の白黒の美しい場面写真の表紙に惹かれて、思わず買った。ちょうど小津安二郎展を見たばかりでもあったから。
「宗方姉妹」は「むねかた・きょうだい」と読む。大学院生の時に小津の作品を「むなかた・しまい」と言って先輩から笑われたのでよく覚えている。ちょうどその頃、今はなき銀座の並木座で映画を見たはずだが、あまり記憶にない。
そのままに原作を読んでみたら、小説として実に読みやすかった。まずこれが満州からの引き揚げ者の姉妹の物語だったことは、映画の記憶から飛んでいた。満州で副市長をやった三村は帰国後、仕事をする気がしない。妻の節子(田中絹代)は父が病床にあったこともあり、ツテで酒場を開いて働き始める。
一方、節子は結婚前に親しかった田代宏と再会し、彼が手伝う形で酒場を画廊にして生き生きと生活を始める。節子の妹の満里子(高峰秀子)は宏に急接近し、結婚を迫るが宏は乗り気ではない。宏は戦前にパリに留学していた時、音楽を勉強していた真下頼子と関係があり、それが戦後も続いていた。
節子は宏と意気投合し、ある時2人は愛を誓う。その頃、ようやく打ち込むに値する仕事を見つけた節子の夫が急死してしまう。節子は自分が夫を殺したと罪の意識に悩み、宏へ別れの手紙を書く。
こんな話だが、杉葉子が演じたという真下頼子は全く覚えていない。それから宏のパリ時代に政府からスパイの仕事で派遣されていた平岩哲造がふいに現れて実に嫌な感じで小説を彩るが、彼は映画に出てきただろうか。
小説では節子の夫の孤独な姿がよかった。「僕には、いろんなお化けが、おぶさっている」「専門にしてきた学問がそれだ。それに元の地位、経歴、それから、家、親、女房」「女房は、どんなよく出来た女でも、亭主に取っては、俗世間の代表だよ。持ち込まなくてもいい世間の風を家の中に吹かせるものなんだね」
40年ぶりに、この映画版を見てみたくなった。
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