『カード・カウンター』は任侠映画か
久しぶりに「渋い」アメリカ映画を劇場で見た。ポール・シュレイダー監督の『カード・カウンター』だが、あまり話題になっていないように思う。シュレーダーはかつては『タクシー・ドライバー』(1976)などマーチン・スコセッシ監督作品の脚本を手がけ、自らも『アメリカン・ジゴロ』(80)ほかを監督していた。
そのうえ、『聖なる映画 小津/ブレッソン/ドライヤー』などの著作もある才人だ。ところが最近の監督作品は公開が小規模なこともあってあまり見ていなかった。しかし『魂のゆくえ』(2017)を見て、これは相当の演出力だと驚いた。
『カード・カウンター』はその次の作品だが、相変わらず男性の孤独を淡々と描いている。ウィリアム・テルと名乗る男(オスカー・アイザック)は、カジノを回って金を稼ぐギャンブラーだ。刑務所時代に学んだカードの数え方を使って、地味な服装で現れてある程度稼ぐと姿を消し、ホテルでなく安いモーテルに泊まる。
そのうえ、モーテルの中の家具を持参のシーツで真っ白に覆うのだから、病的だ。そんな彼が出会うのが、ラ・リンダと名乗る黒人の女性ギャンブル・ブローカーと、訳ありげな若者カーク(タイ・シェリダン)。テルはイラク戦争の捕虜虐待で10年服役した過去を持つが、カークの父もイラク戦争で人生を破滅させていた。
カークはテルに共通の敵である民間軍事会社を経営していたゴード(ウィレム・デフォー)への復讐を持ちかけるが、テルは乗らない。代わりに儲けたお金をカークに渡して、大学に復学して母に会いに行くことを約束させる。この場面が抜群にいい。しかし人生は思うようにはいかない。まるで日本の任侠映画のように、テルは最後の復讐に1人で向かい、その後に同じ刑務所に服役する。
単調なギャンブル生活を繰り返す場面が何ともかっこいい。誰とも近づかず、顔が知られないようにひたすら地味に生きる。カークが持ちかけた復讐にも全く興味を示さない。そしてラ・リンダとようやく打ち解けてすべてがうまく行きかけた時に、歯車は逆に回り始める。それは誰も止められない。
考えてみたら主人公が流れ者のギャンブラーだから、まさに東映任侠映画の世界だった。終わり方は悲しいが、任侠映画に通じる気持ちのいい高揚感と爽快さがある。見終わると、オスカー・アイザックがだんだん高倉健に見えてきた。暑すぎる夏にぴったりの佳作。
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