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2023年6月 5日 (月)

『怪物』をどう見るか

是枝裕和監督の新作『怪物』を劇場で見た。見ているうちにどんどん引き込まれていく映画だったが、かすかに違和感も残った。それはたぶん脚本の坂元裕二のタッチに対してで、『花束みたいな恋をした』とは違うけれど「語りのうまさ」が走っている感じだろうか。

「語り」と書いたが、あちこちで「黒澤明の『羅生門』を思わせる」と評された三部構成が悪いのではない。これはむしろうまくいったのではないか。最初は母親(安藤サクラ)の視点から語られる。彼女は夫の死後息子の湊を一人で育てているが、最近おかしい。自分で髪を切ったり、ヘンな行動をしたり。

彼女は先生の保利(永山瑛太)に問題があるとわかって学校に行く。ところが校長(田中裕子)を含めて学校側の対応には誠意が感じられない。安藤サクラは怒り、先生たちに迫る。何度も抗議をしてその甲斐あって学校は正式に謝罪し、保利は学校を辞める。

2つ目は保利からの視点。彼は新人だが一生懸命生徒に接しようとしている。彼の「暴力」は彼がたまたまその場に出くわしたことによるものだった。3つ目は息子の湊から語られる。同級生の依里はクラスの嫌われ者だったが、湊は仲良くなり、2人は森の中で冒険する。

3つの世界のどれも映像がすばらしい。長野県の諏訪湖に面した街は気持ちよさそうで、とりわけ学校の屋上から見える光景はたまらない。そして3番目の子供たちの世界で彼らが入っていく森がいい。そこには古い電車の車両があって、彼らはそこを「基地」として通い出す。

この3つの物語の最初は雑居ビルの火事で、最後は台風の夜。1つ目で安藤サクラは湊がいなくなって雨の中を駆けだすが、2つ目ではいつの間にか永山瑛太と一緒になって必死で森の中を探す。ところが子供たちは大雨が嬉しくて「基地」に行く。

1つ目は母親が学校に迫る強烈さに引っ張られ、2つ目は保利先生が意外に一生懸命なのに驚きながらその展開を追い、3つ目は子供たち独自の世界に目を見張る。見終わるとかなりの充実感があった。

気になったのは細部の「仕込み」で、田中裕子が実は孫を失くしたばかりで、それは実は彼女が殺したかもしれないとか、永山瑛太は火事にあったビルのキャバクラに通っていたかもとか、安藤サクラの夫は実は不倫の旅行中に事故死したとか、解決のつかない細部がある。永山の恋人との関係も、田中が服役中の夫と会う場面もわからない。

その結果、田中裕子や永山瑛太がどこか曖昧なままに宙づりになった気がして、落ち着かなかった。これは「語りのうまさ」ではなく、テレビドラマでは自然な細部のてんこ盛りかも。これはこれまでの是枝監督の脚本だとなかった。

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