映画『わたしたちの国立西洋美術館』をめぐって:その(1)
7月15日公開の『わたしたちの西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』を試写で見た。元NHKディレクターの大墻敦監督によるドキュメンタリー映画だが、配給会社から「ぜひ見て欲しい」と連絡があり予定を変更して見た。
私に見て欲しいとは、3年前に『美術展の不都合な真実』を書いたからだろう。この本では国立の美術館がマスコミに金を出させて企画展を仕立てる「真実」を書いているが、この映画でもそのいびつな関係は少し出てくる。
それよりもこの映画で描いているのは、国立西洋美術館の館長を始めとする学芸員や修復家(館での名称は「研究員」)たちの働く姿である。ちょうど2020年10月に工事のために休館して22年の6月に再開するまでを撮影しているため、より一層彼らの日常に近づくことが可能となった。
工事は主として入口の前庭を1959年の開館時に近づけるためのもののため、そこに展示してあるロダンの『考える人』などの移動とチェックが学芸員の仕事となる。そういえば、この映画ではロダンという名前も作品名もほとんど出てこない。冒頭に収蔵する絵画がえんえんと写るが、その時から誰がいつ描いた何という作品かが字幕で出ることはない。
つまり美術史的な説明はせず、あくまで中で働く人々を見つめ続ける。大きな仕事の一つが作品の「購入」である。コロナ禍で海外に行けないため資料を取り寄せて国内の画商を通じて買うわけだが、事前に学芸員同士で十分に検討し、作品が到着すると入念なチェックをする。さらに外部委員による購入委員会も開かれる。
寄贈の申し出があっても、作品の来歴がはっきりしないものはすぐには受けない。この「来歴」がどんなに大事かはこの映画でしっかり語られる。「購入」の次に重要なのが「管理」と「修復」で、作品が劣化していないかを台帳と突き合わせながら数名でチェックし、問題があれば対策を練る。
次に出てくるのが内外の美術館への「貸し出し」。この映画ではドイツに30余点を貸し出すが、休館中で代表作も出すためにその状態のチェックは細かい。チェックが甘ければ先方から輸送中の事故と見なされる。山形や高岡にも貸し出し、各地の所蔵品と並べる試みも紹介される。
そして自館での展示。22年6月の「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ」展に向けて、展示模型を作って協議し、最後は会場で作品を並べながら数センチ単位で移動させて展示位置を決定してゆく。
所蔵作品の「移動」「購入」「管理」「修復」「貸し出し」「展示」をめぐって、学芸員の仕事が淡々と紹介される。美術館とは何なのか、特に学芸員とは何なのかを知るにはピッタリの映画である。
それにしても、私が仕事でこの美術館に通っていた頃の学芸員は誰もいない。みんなどこかの教授か館長になっている。実はこの映画には個人的に気になる点がいくつかあるが、それは公開後に書く。
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