『サントメール ある被告』の端正な美しさ
フランス映画『サントメール ある被告』を劇場で見た。北フランスのサントメールで生後15か月の娘を殺してしまったセネガル出身の若い女性の裁判を見せる映画だが、その並外れて端正な美しさに唖然とした。
最初に黒人女性が赤ん坊を連れて海に行くシーンが写る。そして大学でマルグリット・デュラスを論じるセネガル系の作家、ラマの姿。その堂々とした知的な話しぶりに驚く。彼女はセネガル出身の女性ロランスが子供を殺した事件の裁判を傍聴するために、サントメールへ行く。
裁判は裁判長と被告ロランスのやり取りを中心に、検察と弁護士ほか数人の証人の話をほとんど正面から写すだけ。ロランスのセネガルの少女時代の映像を除くと再現映像はなく、ただただ裁判のやり取りが写る。まず、女性裁判長の姿がすばらしい。物事を決めつけずに丹念に解きほぐそうとする。
応えるロランスは裁判長をじっと見ながら話す姿の横顔が写るだけ。愛想笑いもなければ泣いたりもしない。「なぜ殺したかわからない」と言い、子供の父親が自分勝手な証言をしても、大学の指導教授が差別的な発言をしても、顔色一つ変えない。褐色の肌に薄茶色のカーディガンが映える。
彼女を守る短髪の女性弁護士の場面は、裁判長以上に見ごたえがある。不利な証言があっても無理に弁護しようとせず、事実を重ねてゆく。そして最後の彼女の最終弁論は決定的な説得力があり、涙を流す女性の傍聴人が複数いるのも頷ける。私も涙が出てしまった。
この映画はアフリカ生まれのインテリ女性が、現在のフランスでどんな目に会うかを克明に見せてくれる。ロランスはセネガルからみんなに期待されてフランスに留学するが、自分がやりたい哲学を親は理解してくれない。住居を提供してくれた叔母からも見放されて、30歳以上年上の既婚男性と関係を持って彼の家に住む。しかし、いつまでたっても家族と見なされない。
あえて言えば、自らも妊娠4か月で取材のために傍聴する作家ラマの姿が少し異質かもしれない。フランス生まれのエリートの彼女は、裁判を聞きながら自分と重ね合わせてショックで体調を崩してしまう。そんな時にパゾリーニの『王女メディア』を配信で見るのも作り過ぎか。
ラマを心配して優しい白人の夫がやって来る。自宅には介護の必要な黒人の母がいる描写もある。見終わって、これはセネガル系の女性監督であるアリス・ディオップ自身の姿だと気がつく。
クレジットで、あのしっとりと落ち着いた映像を見せた撮影監督は『燃ゆる女の肖像』のクレール・マトンだと気がつく。考えたらスタッフもキャストも女性ばかり。
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