蔡國強展を見て
六本木に行く機会があり、国立新美術館で「蔡國強 宇宙遊ー<原初火球>から始める」展を見た。この中国出身の美術作家は、私にとってどこか謎の存在だ。1980年代後半に日本の現代美術を海外に紹介する仕事をしていた頃、火薬を使うアートを始めた「サイさん」と呼ばれた中国人作家がいた。
人懐っこい笑顔で一生懸命に自分のプロジェクトについてカタコトの日本語で語っていた姿を、展覧会のオープニングなどで見た。私は個人的に知り合いではなかったが、当時バブルと共に広がっていた現代アート界の人気者だった気がする。
そうこうしているうちに、彼はアメリカに行ってしまった。この展覧会によれば1995年。それでも、ことあるごとに日本にやってきて展示をした。2000年頃から横浜トリエンナーレに代表される国際美術展が各地で開かれるようになり、日本語ができて世界各地で活躍する中国人の彼は引く手あまただった。次第に「さい・こっきょう」ではなく、「ツァイ・グオチャン」と呼ぶようになった。
展覧会の会場では、花火を爆発させるアートそのものを見ることはできない。火薬を使った絵だったり、プロジェクトのデッサンだったり、火薬に焼かれた紙だったり。時にはインスタレーション的な見せ場を作る。花火に見立てた灯りを寝転がって見る展示などもあったし、野外で中国から陶芸の窯を移築して火をいれたこともあった。
今回は、金属で作られた不定形の物体が会場の後ろ半分の天井からいくつもぶら下げられて動いている。そこに赤や白や青に変わる照明が加わり、見ているだけで飽きないし、気持ちがいい。空間を区切る壁を取っ払い、四方の壁にはこれまでのプロジェクトが展示されている。
その中で初めて私は彼の花火プロジェクトの記録映像をきちんと見た。1991年から1999年までの世界各地の花火パフォーマンスを見た。広島の原爆記念館の近くでの花火はさぞ大変だったことだろう。欧米各地で行っていた。さらに2008年の北京オリンピックの花火。
奥には「蔡國強といわき」というコーナーがあり、95年までの日本滞在中で何度もでかけたいわき市との交流の記録があった。そこにも花火プロジェクトの記録映像があった。
正直なところ、現代アートとしての彼のパフォーマンスの意味は私にはよくわからない。しかし世界各地でさまざまな花火を打ち上げて話題を呼び、2015年の横浜美術館の個展もそうだたったが、美術館の展示もきちんと見ごたえのあるものにしている。そういう意味で彼の歩み自体がアートになるのだろう。
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