『大いなる自由』の味わい
東急百貨店が改装工事のため、Bunkamuraのル・シネマが渋谷東映の跡地に移ったと聞いて行ってみようと思った。あのビックカメラの上の古びた映画館が、同じ渋谷でも松濤に近かったハイソなBunkamuraになるとは。
ところが9階に降りてみると、ビックカメラのイメージが嘘のようにシックで抑えた空間が現れてびっくり。カフェのドゥー・マゴまであった。さて見たのは、オーストリアのセバスチャン・マイゼ監督の『大いなる自由』。
最初は牢獄のゲイの話と聞いてちょっと行く気がしなかったが、今回はル・シネマが移転開始のために自社で配給をしていると聞いて、それならば見る価値があるだろうと思った。
映画は1968年から始まる。トイレの監視カメラに映った同性愛行為で逮捕されたハンスは、刑務所に収監される。そこには古くからの知り合いの囚人ヴィクトールがいた。映画は1945年、1957年と行き来しながら進んでゆく。最初はとまどうが、次第に髪型などで時代がわかるようになり、2人の静かな友情に味わいが出てくる。
一番の驚きは、1968年のドイツでは刑法175条で同性愛行為が有罪となって収監されたこと。日本だって刑務所には入れられなかっただろう。そのうえハンスはユダヤ人で終戦時にナチ収容所にいたが、同性愛者ということで収容所から刑務所へ移されたというからびっくり。
最初は175条(何と刑務所の個室の入口に書いてある)のハンスを嫌がったヴィクトールだったが、彼の腕に収容所番号を見つけて憐れみ、そこにタトゥーを彫り込む。そこから友情が始まる。ハンスは刑務所の中でも毎回好きな男を見つけて、懸命に会おうとする。しまいにはヴィクトールもそれを助けようとする。
175条がなくなることをハンスが雑誌「シュピーゲル」の見出しで知るシーンがいい。刑務所でアポロの月面着陸を見ているから、1969年のことだ。そして刑務所を出たハンスが「大いなる自由」と書かれたバーに行ってゆく。このあたりからラストまでの展開が何ともいい感じ。
見終わってエレベーターから外に出るとビックカメラの1階の喧騒で、不思議な気分になった。ロラン・バルトの「映画館を出て」というエッセーを思い出す。
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