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2023年7月22日 (土)

『大いなる自由』(2021)から『刑法175条』(2000)へ

セバスティアン・マイゼ監督の『大いなる自由』を見て、ドイツには同性愛者を投獄する法律が1969年まであったことを知った。その「刑法175条」を題名にしたドキュメンタリー映画を特別に3回だけ上映すると聞いて、ル・シネマ渋谷宮下に出かけた。

『刑法175条』の監督の1人が、傑作『ハーヴェイ・ミルク』(1984)を撮ったロブ・エプスタインということもあった。共同監督のジェフリー・フリードマンはほかの映画でエプスタインと組んでいる。『刑法175条』は2001年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されたが、私は見逃していた。

映画は、かつてナチスによって強制収容所に入れられた人々を探して話を聞く。インタビューをするのは米国ホロコースト記念博物館のクラウス・ミュラー氏。ナチスによって約10万人が捕まったとされ、そのうち強制収容所に送られた1万~1.5万人のうち生存者はおよそ4,000人。

しかし映画制作時に生存が確認出来たのはわずか10名たらず。冒頭に、そのうち2名が話すことはないと語るのが写る。収容所に送られた多くはユダヤ人だったが、同性愛者は服にピンクの三角形をつけられて(例えば政治犯は赤の三角形)、最低の扱いを受けて人体実験に使われたり、みんなの前で犬に食われたり。

今や90歳を過ぎた生き残りが語ることでおもしろいのは、ヒトラー登場までのドイツ、とりわけベルリンは同性愛者の天国だったこと。専用のクラブがあって、みんなで楽しんでいたことが出てくる写真でよくわかる。アネッテというレズビアンの女性も楽しかった日々を語る。彼女はレズ仲間の助けでロンドンに逃れた。

ヒトラーの側近にエルンスト・レームという同性愛者がいたことも初めて知った。突撃隊を率いたレームはヒトラーの盟友だったが、1934年にヒトラーとの方針の違いで逮捕され、その後同性愛者の逮捕が始まった。野党がその点を突いたこともあった。刑法175条も改定された。

とにかく知らないことばかり。取材はドイツを中心にフランスやスペインに及ぶ。彼らの多くは収容所にいたことを誰にも話していないが、中には戦後も何度も逮捕された者がいた。『大いなる自由』の主人公のように。刑法175条は東独では1968年まで、西独ではヒトラー改訂版が1969年まで続いた。

このドキュメンタリー映画から20年がたった今、彼らは誰も生きていないだろう。その意味でこのドキュメンタリーの価値は大きい。この作品は今日と明日18時から上映がある。『大いなる自由』を見た人はぜひ、見てない人はこちらから先に見てもいい。むしろその方が『大いなる自由』をより理解できるかも。

そういえば、『刑法175条』のナレーションはカミングアウトしている俳優のルパート・エヴァレット(『アナザー・カントリー』)で、このあたりにも作り手の心意気を感じる。新作を上映するだけでなく、手のかかるこうした特別上映もやることが、観客を育てていく。今後のアート系映画館の生きる道の一つだろう。

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